数日前。
夜も頃合い。
立ち寄っていたバーを離れ、ブーツと義足の音を交互に鳴らし、
ジェームズ・ブレイクが旧市街の夜道を渡っていた。
向かう先は、ジェームズにとってはなじみの場所である、旧市街の
第3倉庫《アングロス》。冴えないチンピラ連中のたまり場だったのもいつの話か、どん底よりも少しだけマシな場所にはそれにふさわしい者たちが集まって、時に一対一、拳と拳の殴り合いを興じ、もしくは困った仲間の為に団結して助けあう。
身体を動かすことは好きだ。軍を隠居し、当時よりはなまった体で汗を流すために、今宵は「試合」で誰かと殴りあうのもいいかと考えていた。
第3倉庫《アングロス》は、昼間はほとんど誰もいないが、夜はそこそこ人が集まるようになってきた。ときたま寝子島高校の者も試合目当てでやってきて、その中には気力のある若い猛者も多い。それ故に手加減をしなければならないことも多いのだが。
身体を動かしている間は、余計な過去も記憶も忘れられる。ジェームズは自分に挑戦を向ける誰かが待っていることを期待して、倉庫へ向かう通りを曲がった。
すれば、すぐ倉庫に辿り着く。
その筈だった。
「……なっ!」
目に映ったのは、随分寂れた様子の、廃墟のような倉庫。その姿を今一度括目し、ジェームズは息を呑んだ。
何も、建築の老朽化に今更驚いたわけではない。長期間放置されていた第3倉庫はすでに満身創痍であり、屋根のサビや穴あき、落書き等はいくら数えてもきりがない。その点は十分に承知であり、ジェームズはさして気にしたことがない。
本当の意味で、ジェームズの口をあんぐりと開かせたもの。
ツタだ。倉庫の壁や屋根の全てを緑で覆い尽くしているツタは、様々な色の花までつけている。廃墟の入り口の近くには、これまた色とりどりの花が咲き乱れて、窓や入口をすっかり塞いでしまっていた。
当然ながら、昨日まではこのような風景が広がってはいなかった。ごく当たり前のくたびれた倉庫。ややホコリ臭い空間と赤いサビのついたコンクリートが広がっている筈であり、足の踏み場に困るほどの花を植えた記憶などありはしない。
誰かの悪戯か。個人でこの規模の悪戯が出来る人間など果たしているのか。ジェームズは状況を呑みこみきれないながらも、唇を撫でながら倉庫を見渡していた。
「……どういうワケだ? 一体……っ!」
ジェームズが謎めき、呟いた……直後の事。
ふと、何かが視界の中を横切った。ジェームズははっとして首を上げ、注目する。すれば、その奇妙な「何か」を一瞬だけ視認出来た。
青い影。猫の様な大きさの、しかしただのそれだとはとても思えない異様な存在感を放つ青色の影が、颯爽と倉庫の前の生い茂る花の群れの中から飛び出し、やがて割れた窓の隙間へと潜って行ってしまった。
それが何だったのか、あまりに唐突だった為に細かくは確認できてはいない。ただの野良猫ならばいいだろう。だが、それならこの状況とは無関係だろうし、何故こんなことになってしまったのか、その原因が分からないままだ。
(何がどうなってる……? これもあれか? 神魂とやらの影響か?)
ジェームズは訝しげに眼を細めつつ、入口に茂る草を一株だけ引っこ抜いてみた。ただの草。それでもこの量だ。それだけでは解決にはならず、倉庫が元に戻ることには程遠い。
やはり、人間の所業とは思えない。ジェームズ、それに足して、倉庫の異変の噂を聞きつけて倉庫にやっていた者たちは、訳も分からずに首を傾げたまま、入口の草花をかき分け、うす暗い花園となった倉庫の中へと潜って行った。
初めまして、そうでない方はこんにちは! 本シナリオを担当させて頂くtsuyosiと申します。
・今回の舞台は、どういうわけか一夜で植物屋敷となってしまった旧市街の第3倉庫《アングロス》になります。
・倉庫の外観はツタで覆われ、中の空間も、膝下まで様々な草や花、果実や低木までもが茂っている状態です。
事情を知って、唯一何かに勘づいているらしいテオの話では、このまま放っておくと植物の繁茂は島全体にまで広がってしまうそうです。
・倉庫の中には、青いバラを首や背に飾ったような外見をした、猫の様な生き物、通称「ハナネコ」が植物の影などに隠れているそうです。小動物らしく愛くるしい容姿と、品を感じさせる雰囲気を醸していますが、性格は臆病で、人が近づくとすぐに逃げようとします。実際には生物ではないようですが……。
・状況を説明するテオ曰く、この異変の解決の為に、とにかく倉庫中の草をむしってでもこの「ハナネコ」をいち早く捕まえてほしいとのことです。
・また、テオからの情報によれば、「ハナネコ」の隠れる倉庫を散策していると、まれにツタが動いて襲い掛かってくることがあるとのことです。怪我をするものではありませんが、ご注意ください。
・「ハナネコ」は追い詰めると、「花粉」を放つことがあるそうです。万が一この花粉を吸ってしまうと、一時的に目の光を失い、まるで何かに乗り移られたかのように性格が急変し、他者に対して『好戦的なセリフ』を言ったり、『威圧的な態度』をとるようになる模様です。