跡野 茉莉は建物の庇の下に腰を下ろして、ぼんやりと海を見つめていた。
場所は、寝子ヶ浜海岸である。
あたりは雨に包まれていて、波の音よりも雨音の方が大きいほどだ。
とはいえ、少し前まで雨は降っていなかった。
空は薄曇りだったが、雨の予報は出ておらず、茉莉はのんびり一人で海岸を散歩中だった。そこに突然、雨が降り始めたのだ。
もっとも彼女は、念のためと折り畳み傘を持参してはいた。
ただ、それを開く前にこの建物を見つけたので、その庇の下に入り込んだ。そしてそのまま、雨の降りしきる海に魅せられて、眺め続けていたというわけだ。
海岸には他に人の姿はなかった。
平日で、まだ海開きには早い時期だったからか、それともたまたまなのか。
ただ海を見つめていた茉莉だが、ふと雨音に混じる音楽に気づいて、あたりを見回した。
(建物の中から聞こえている……?)
音の出どころに気づいて、彼女は小さく首をかしげる。
そもそもこの建物は、なんなのだろうか。
鉄筋コンクリートでできた低い階段と、その上を覆うように張り出した四角い庇。奥には鉄製の玄関扉らしいものが見える。マンションのように見えなくもないが、それにしてはどこにもマンション名を示す看板などがなく、そっけない。
ただ、耳を澄ませると、たしかに音楽はその建物――奥の扉の中から聞こえて来るようだ。
茉莉は少し考え、立ち上がった。奥に見える扉へと向かう。
扉はノブに手をかけると、簡単に開いた。それもあって茉莉は、中に入った。
中に入ると、音楽はさっきより大きくなった。
(やっぱり、ここから聞こえてたんだ)
胸に呟き、茉莉は周囲を見回す。
そこはやや広めのエントランスになっていて、床や壁はコンクリートの打ちっぱなしだった。特に受付のようなものはなく、ただそこから廊下が奥に向かって続いていた。そして音楽は、その方向から聞こえて来る。
茉莉はそれを追うように、廊下を歩き出した。
少し行くと廊下に面した扉があって、ふいにそれが開き、中から中年の男性が出て来た。
「やあ、茉莉ちゃんじゃないか。久しぶり」
男性は笑顔で親しげに声をかけて来る。
「あー、お久しぶり……です」
茉莉の方も、男性になんとなく見覚えがあったので、そう返事した。だが、実のところ男性がどこの誰なのかは、思い出せなかった。
けれども相手は、おかまいなしに隣に並んで歩き出す。そして、あれこれと話しかけて来た。
茉莉はもともとさほどしゃべる方ではないので、それへ「あー、はい」「……そうなんだ」と相槌を打つのみだ。
そしてそうやって歩くうち、いつしか音楽は聞こえなくなっていた。
それに気づいて茉莉は首をかしげたものの、男性が話しかけて来ることもあって、それについて深く考えを巡らせることが、できないまま歩き続ける。
やがて廊下は終わり、目の前に大きな鉄の二枚扉が現れた。
茉莉は思わず立ち止まったが、男性はかまわず扉に歩み寄り、軽く押した。
小さく軋んで扉が開く。
男性は、ためらうことなく中に入って行く。
「茉莉ちゃん、おいで」
呼ばれて、茉莉もそのあとに続いた。
だが、中に入って、彼女は思わず目を見張る。
突然、目の前が開けたような気がしたが、それもそのはず。
そこには、少し前まで彼女がいた寝子ヶ浜海岸の風景が広がっていたのだ。
といっても、外に出たわけではない。
二枚扉の向こうはテラスになっていて、そこから寝子ヶ浜海岸が臨めるのだ。
テラスには、丸い木のテーブルが据えられ、向い合せに椅子が二脚置かれている。
「座ろう」
男性に促されて、茉莉は一方の席に腰を下ろした。
男性もその向かいに腰を下ろす。
と、その二人の前に、ふわりとカップが置かれた。
茉莉が驚いて顔を上げると、人型の男性とおぼしい影が、手にした盆の上から優雅な仕草でスプーンや砂糖壺、クリームのピッチャー、クッキーの載った皿などをテーブルに置いていく姿が見えた。
影は最後に持ち上げたポットからカップに香り高い紅茶を注ぐと、ポットをテーブルの真ん中に置いて静かに一礼し、立ち去って行った。
(どういうこと? 私、何も頼んでないんだけど……)
茉莉がとまどっていると、向かいの男性が小さく笑う声が聞こえた。
「大丈夫だよ。ここは、こういうところなんだ。望んだだけで、飲みたいものや食べたいものが運ばれて来る」
「あの……ここはいったい……?」
男性の言葉に、さすがの茉莉も奇妙に感じて問い返す。
「そうだね。『雨宿りを楽しむための場所』とでも言えばいいかな。……ほら、見てごらん」
男性は言って、外を示した。
茉莉もそちらに視線を向ける。
寝子ヶ浜海岸には、相変わらず雨が降っていた。茉莉が外にいた時より、少し強くなったようにも思えるが、今のところ止む気配はないようだ。
「まだ雨は止みそうにないからね。無理して帰らなくても、ここでゆったりくつろいで、好きなだけ雨の降る海を眺めて、雨が止んでから帰るといいよ」
男性に言われて、茉莉はつとテーブルの上に目をやった。
ちょうど飲みたいと思っていた紅茶と、クッキーがそこには並んでいる。
(まさか、このままずっと帰れない……なんてことはないよね)
ふと懸念が湧いて、彼女は向かいの男性に視線を移した。男性は、にこりと笑って口を開く。
「大丈夫。心配なら、帰る頃合いを教えてあげるよ」
その笑顔と口調に、茉莉はなぜかふっと肩の力が抜けるのを感じた。相変わらず男性が誰なのかは思い出せないが、自分に害意があるようにも思えない。
「わかりました。そうします」
うなずくと茉莉は、この不思議な雨宿りを楽しむことに決めて、目の前のカップを手にするのだった。
跡野 茉莉さま、ガイドへの登場ありがとうございました。
こちらはあくまでもイメージですので、参加いただける場合は、ご自由にアクションをお書きください。
こんにちわ。マスターの織人文です。
今回は、雨宿りの際に不思議な場所に迷い込む、といった形のシナリオです。
概要
時の流れは、ねこぴょんの日のあとです。特に季節や日時は定めません。
ねこぴょんの日の直後だったり、数年後だったり、また春だったり夏だったりと、ご自由にお楽しみください。
本シナリオは、一人で、あるいは誰かといっしょに雨宿りしていて不思議なテラスに迷い込み、「そこで楽しい時間を過ごす」ことがテーマのシナリオです。
雨宿りの場所などは自由に決めていただいて、大丈夫です。
散歩や買い物の途中に寝子島町内で、というのはもちろん、旅行や仕事先などまったく別の場所で……というのもOKです。
◇友人と出かけた帰りに、寝子島神社の境内で雨宿り!
御神楽が聞こえて、出どころを探して社務所に来たはずが、不思議なテラスに来てた。
◇旅先で突然の雨に、バス停で雨宿りすることに!
ちょうど来たバスに乗ったはずなのに、なんでテラスにいるの?
◇営業に出た先で、突然の雨!
雨宿りのつもりで駄菓子屋に入ったはずなのに、なんだここは!
など、自由にアクションをどうぞ。
---------------------------- ◇以下、設定についてです◇ -------------------------
【不思議なテラスについて】
◇雨宿りしていた時の風景が見えるテラスになっている。
◇ウエイター・ウエイトレスは、影のようにしか見えず、話さない。
◇注文などしなくても、飲食したいもの・必要なものが運ばれて来る。
◇誰かが「雨が上がった」と言うことで、元いた場所に戻れる。
◇テラスでは時間の流れがない。
【途中で現れる男性について】
◇ガイドに登場した「知人のようだが誰だか思い出せない男性」は、テラスの住人です。
◇名前はなく、一部で<同行者>と呼ばれています。
◇<同行者>は一人だけの参加者さまの前にのみ、現れます。
(他参加者さまやNPC、Xキャラを同行されている方の前には現れません)
◇<同行者>は誰が見ても、なんとなく知っている人のように感じられます。
NPCについて
登録済みのNPCなら、特定のマスターが扱うキャラクターを除き、基本的に誰でも登場可能です。
Xイラストのキャラクターを描写する場合、
PCとXキャラの2人あわせて「1人分」の描写なので、無関係の行動などはお控えください。
※Xキャラだけで1人分の描写とすることも可能です。
その場合は、PCさん自身は描写がなく、Xキャラだけが描写されます。
Xキャラのみの描写をご希望である旨を、アクションにわかるようにご記入ください。
※Xキャラをご希望の場合は、口調などのキャラ設定をアクションに記載してください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、そのURLだけ書いていただければ大丈夫です。
以上です。
みなさまのご参加、心よりお待ちしています。