くしゃっ、と。
厚めの紙を握りつぶすような音を聞き、
綾辻 綾花は文庫本から顔を上げました。
「……あら?」
座っているのは喫茶店の一席、窓の外には商店街の雑踏がありました。
――5分前までは。
今やそこは、見る者を圧倒する書架がずらりとそびえ立っています。喫茶店の内装や飲み物、テーブルや椅子は光の欠片となって消え、綾花は途方にくれました。
紙の匂いが漂う静謐な空間――ここは図書館のようです。
「おい」
「あら、テオ」
綾花の元へ、おなじみの灰色猫が歩いてきました。
黒いアカデミックガウンに角帽という、学生の卒業式ルックです。
「今、寝子島は『焚書官かく語りき』というゲームの世界に浸食されている」
「かわいらしいお洋服ね」
「か、格好はゲームの影響で勝手になってんだよ。秘密図書館館長とかで」
テオは少し照れくさそうに、尻尾をフリフリ言いました。
「まぁ、お前達にはいつもの通り、おのおの出来ることで問題解決に当たってもらいたい」
「……ゲームの世界ってことは、このままだと、寝子島がなくなっちゃうとか?」
「そうだ。そして、浸食が進むと、全ての物語が焚書の危機に瀕するだろうな。『焚書官かく語りき』はそういうゲームだ」
「……えっ、そんな!」
綾花は反射的に文庫本を抱きしめました。
登場人物の家系図と屋敷の見取り図がついた、古典的な推理小説です。
「焚書なんて困るわ……もうすぐ犯人が分かるところなのに」
「んじゃ、引き受けてくれるってことでいいか?」
「……んもう、どうすればいいの?」
文庫本をバッグにしまった綾花に、テオは告げました。
「今回の舞台は、猫田爪彦作『虜囚列車』だ。焚書官から守るため、作品ダンジョンに潜入してもらう。魔物と戦い、最奥でボスを倒して、文豪の魂を解放してくれ」
テオはくるりと身を翻し、綾花を振り返ってニヤリと笑います。
「あ、武器と防具はいくつか用意しておいた。好きに使うがいい。ゲームっぽく助っ人もいるから頑張れ、頼んだぞ!」
びゅうと風が吹いた後、あなたは更衣室のような場所にいました。
黒灰色の地に真っ赤な縁取りの詰め襟制服と制帽、いくつかの武器が並んでいます。
「いつも急なんだから……どんなゲームなのかなぁ」
綾花はハンガーに手をかけ、制服に着替えることにしました。
こんにちは、『新しいスマホゲームを始めた』陣 杏里です。
今回は、寝子島を蝕むゲームの世界に、コスプレして立ち向かうシナリオをお送りします。
綾辻綾花さん、ガイドへのご出演ありがとうございます。
ご参加になる場合は、ご自由にアクションをお書き下さい。
シナリオ概要
今回もいつもの寝子島らしく(?)スマホゲームの世界に浸食されているので、皆様には島と物語の平和を守って頂きたいです。
テオの要請に応じるでもよし、ゲームのガチャを回していたら急に転移! とかでもいいし、目覚めたらゲームの中でした……などなど、導入はお好きにどうぞ。
★『焚書官かく語りき』とは
本を持つことも読むことも許されないディストピアで、密かに書物を保護する秘密図書館職員の活躍を描くスマートフォンアプリ。
プレイヤーは、図書館員でありながら焚書官の肩書きをもち、職務上知り得た書物を、他の焚書官から守り、回収する任を負っている。回収した書物から、作者である文豪の英魂を召喚し、共に戦うシナリオが人気の作品である。
★『虜囚列車』とは
大正時代の文豪、猫田爪彦の代表作。
親友に裏切られ、無実の罪で刑務所送りになった男。職も恋人も財産も失い、護送列車に揺られるはめに。男は「なぜ親友は裏切ったのか」を突き止めようと、他の囚人達を煽って反乱を起こし、逃亡を決意する。
果たして、親友の望みは職か、愛か、金だったのか。
シナリオの流れ
1.ダンジョンを進む
ダンジョンは、焚書官を退ける為に文豪の無意識が生み出した産物で、作品世界を色濃く反映しています。
『虜囚列車』の場合は大正時代の蒸気機関車ですが、時折上下左右が反転し、PCの皆様を翻弄します。開いた窓
から放り出されたり、襲ってくるつり革に捕まったりすると、最初からやり直しです。気をつけて!
2.魔物と戦う
先頭車両に向かう道中で、作品を反映した魔物が皆様を妨害します。かいくぐるなり、倒すなりして先を目指して
下さい。
・警察犬
壁や天井を走り、口から鎖を吐いて攻撃したり、拘束してきます。
・幽霊
『虜囚列車』の主人公を裏切った、親友と恋人の姿をしています。滑るように移動し、触られると体が重く
なり、動きが阻害されます。
3.最奥でボスを倒す
ボスは作中世界で猫田爪彦が変じた姿で、鎖と包帯の塊として登場します。
鎖は物理攻撃と皆様を拘束する手段として用い、包帯はそれまでの負傷の悪化や、状態異常を押しつけて
きます。そして、なぜか相対しているだけで、なぜか『大切なものを裏切ったような罪悪感』を覚えます。
皆様はテオからもらった武器やろっこんなどを駆使して戦うのもいいですし、『虜囚列車』の感想や愛を叫ぶ
のも効果あり……かもしれません。
5.ボスを倒したら……
ダンジョンは収束し、『虜囚列車』という一冊の本に戻ります。テオの待つ秘密図書館に戻り、英魂召喚の
儀式を行いましょう。
そうすれば、寝子島の浸食は終わり、日常が戻ってきます。
武器と制服
皆様には焚書官を装うために、制服が用意されています。
黒灰色の地に、真っ赤な縁取りの詰め襟制服です。
同色の制帽とセットで、各種サイズをご用意しておりますので、体にフィットするものをお選び下さい。
焚書官の過酷な任務に対応するため、耐熱性と耐衝撃性を併せ持ち、なおかつ快適というミラクル素材で作られて
います。
※コスプレをするかしないかは自由で、私服での参加もOKです。
※もちろん自前のコスプレ衣装での参加もできます。
・武器各種
→火炎放射器 (焚書する道具ですが、魔物相手にも使えます)
→チェーンソー(鎖も切れる特別製。少し重いです)
→投網 (海や川での漁用ですが、魔物もOKです)
→日本刀 (霊験あらたかで、幽霊もばっさりです)
※武器を使うか使わないかは自由です。
※普段から武器を持ち歩いているッ! と豪語される方は……現代日本で隠し持てる範囲なら持ち込み可能です。
協力してくれるNPC
◆三毛澤勝治――代表作『雪蛍』
東北地方の農村で生まれ育った詩人です。猫田爪彦とは親子ほど年が離れていましたが、良きライバルとして親交
がありました。
生来病弱な弟を農作業をしながら支える傍ら、綴った作品集が『雪蛍』です。
素朴な作風を反映したのか、ゲーム中では輝く拳で敵をなぎ倒す超・接近戦キャラになっています。
『病気なんて、兄ちゃんがやっつけてやるぜ!』
◆八村虎之助――代表作『魔法使いの帰還』
医者として軍属経験のある、『真面目に戦って強い』作家です。
三毛澤とは、弟の病気の相談に乗る関係でしたが、猫田とは直接の面識はありません。
戦地から記憶を失って復員した主人公が、魔法めいた手腕で周囲を魅了し、成り上がって第二の故郷を作る――
という作品が『魔法使いの帰還』です。
ゲーム中での八村は、味方を強化し敵を邪魔する魔法の名手で、的確に支援してくれます。
『そこのあなた、前に出すぎですよ!』