うつらうつらと机に突っ伏していた
綾辻 綾花は、鍋が噴きこぼれる音に慌てて立ち上がった。
火を使っているのに、目を離すどころかうたた寝するだなんて。
「寮が火事にでもなったら……! あ、あれ?」
猫鳴館の共用キッチンではない。家庭科室でもなければ実家でもなく、
早川 珪のアパートでもなさそうだ。
どこだろうと思う間にも、キッチンからはじゅわじゅわぶすぶすと嫌な音が絶え間なく続く。ともかく、考え込むのは後回しだ!
まずは火を止めて、それから窓を開けて換気をして。どうにか最悪の事態は免れたとひと息つくと、次に綾花が心配したのは自分ではなく鍋のことだった。
(酷く焦げ付いてなければいいけど)
お玉を片手に鍋の蓋に手を伸ばし、そこでようやく自分に異変が起きていることに気付く。
指輪をしている……それも、左手の薬指に。
(どうして?)
ここは、とても大切な指だ。アクセサリーとして身につけるにしたって、自分なら他の指を選ぶだろう。
だって珪には、まだ想いを伝えてすらいない。この指を飾るリングを彼から受け取っているはずもないのだ。
そうして再び部屋を見る。キッチンから見えるリビングには、やっぱり見覚えがない。けれど、何かヒントがあるはずだとそろりと様子を窺うことにした。……何が飛び出してくるかわからないので、護身のためにもお玉は持ったまま。
(何か、見覚えのあるもの……)
本棚を眺め、まず目に入ったのは珪から借りたことのある本。そこからざっと背表紙を追い、自分のお気に入りの本も見付けた。……趣味の近しい人が住んでいるのだろうか?
壁には猫の親子のぬいぐるみがあって、花やグリーンが鮮やかで。それからキャビネットの上に目をやって、綾花は目を疑うように瞬いた。
「これって」
恋人宣誓書だ。
先日珪と恋人たちの丘に行ったときに、珪へ預けたはずの――いや、あのときとは違って2人の名前が記された恋人宣誓書が飾ってある。
それに、その隣には幸せそうな2人の写真。
綾花は珪と共に、ブライダル衣装に身を包んで記念写真を撮ったことがあった。
その時は、花に溢れたステッラ・デッラ・コリーナが、まるで中世のお城のように見えて。こうして珪にお姫様抱っこされて撮影したことは、とても恥ずかしかったことをよく覚えている。
だから、大切な思い出を見間違うはずはないのだ。
(……似てる、けど)
記念撮影は、たくさんの花をバックに屋外で行われた。しかし、この写真はチャペルの中で撮られている。
ドキドキしながらもう一度、左手の薬指をみる。……やっぱりそこには、見覚えのない指輪があって。
(珪先生と、結婚している……ってこと?)
嬉しい、だけど大事な思い出が何もない。
告白をしたのかも、プロポーズをどうしたのかも、どんな結婚式だったのかも。
――それもそうだ。
ついさっきまで綾花は確かに、図書室にいたはずなのだから。
本棚の整理をしていると、時折違う棚の本が紛れ込んでいることがある。それはまだ、慌てて戻してしまったのかなと思うくらいで、そんなに不思議なことではない。
けれど、その日綾花が手にしたのは、図書室では管理していない本だった。
「ラベルの貼っていない本?」
「はい。私物を誤って棚に入れちゃったのかもしれません」
管理ラベルも判も押されていないから、島の図書館の本というわけでもないだろう。本来ならば、忘れ物としてカウンターで預かる所だけれど、その本はどこか不思議だった。
カラーカバーの付いていない、CDケースのように正方形の本。形は絵本のようであるのに、ポップなタイトルも可愛らしい絵も表紙にはなくて、ただ明るい色合いのマーブリングが施されているだけである。
誰かの手製の本や、アルバムの類いかもしれない。持ち主を探すには中を見るしか無いけれど、これは落とし物と断定する前に『不審物』である可能性もある。
珪は1度その本を受け取り、重さを確認しながら様子を探る。
そろりと見返し部分を確認してみたが、目立った特徴などは何もなかった。
「危険物ではなさそうだし……失礼して、ちょっと見せてもらおうか」
「はい!」
ぱらりとページを捲る。
何が綴られているかと2人で覗き込んだ本は、次第に意識を微睡ませ――気付けば綾花は見知らぬリビングでうたた寝をしていたのだ。
ポーンと高い音が響き、エレベーターの扉が開く。
珪はハッとして、反射的に降りたが……ここは、どこだろうか。
(誰かのマンション、にしたって覚えはないけど)
そこそこの重量感がある紙袋がガサリとなって、ベビー用品店で山のように買った絵本を持っていることに気が付いた。
お祝いで来るほど仲の良い友だちであれば、ラッピングのひとつでもしてありそうなのに、どの本もそのままだ。
(こんな資料、別に仕事でも必要無かったはずだし……)
思い出そうとして、靄がかかる。ついさっきまで、何をしていたんだっけ。
困ったなと髪をかき上げようとして、違和感を覚えた。左手の薬指に、指輪がある。
「……仕事じゃ無くて『僕たちに』必要だったんだ」
なぜか、そう思った。
ストンと腑に落ちた答えに違和感はなくなり、指輪を愛おしそうに撫ると、珪は迷いなくマンションの廊下を歩く。ほら、やっぱり『早川』とネームプレートの掲げられた部屋があるではないか。
「綾花、ただいま!」
「おかえりなさい、珪……さん?」
テンション高くベビー用品店の紙袋を見せる珪に、綾花はどうしたものかと顔を赤くする。
夢なのか、未来にお邪魔しているのかはわからない。
たぶん、ここは――なんのしがらみもなく「愛している」と言える場所には違いないようだ。
リクエストありがとうございます、浅野悠希です。
こちらは、綾辻 綾花さんのプライベートが満載なシナリオです。
概要
■日時現実世界では平日の放課後でした。
この不思議な世界で過ごしている間、現実世界では時間が経たないようです。
気にすることなく、ごゆっくりIFの世界をお楽しみください。
IFの世界では、時間をいつに指定して頂いても構いません。
記念日や誕生日にすることもできますし、季節が飛んでも大丈夫です。自由にお楽しみくださいね。
■状況
図書室で見付けた不思議な本を読んでいると、IFの世界と繋がってしまいました。
繋がったということは、帰る手段もあるということ。
リビングの本棚には、図書室で見付けた不思議な本と、よく似た本があるようです。
開いただけでは何も起こりませんが、『この世界の人ではない』と気付かれると現実へ帰還してしまいます。
それは、目の前の早川先生だけとは限りません。
ベランダに遊びに来た小鳥、道ばたで会う猫……長く甘い時間を楽しみたいときは気をつけてくださいね。
■できること
時間帯が自由なので、内容も幅広く、制限はございません。
お休みのゆっくりした朝、平日にお弁当を忘れた旦那様へ届けに、夜のちょっと大人な時間まで。
今はまだできないようなことに、いっぱい挑戦してみてください!
ガイドに縛られず自由にアクションを書いて頂ければと思います。
もちろん申請いただきました内容も、気合いを入れて描写可能ですのでご安心くださいね。
NPCとXキャラ
今回登場とお伺いしてますのは、NPC:早川 珪(IF)
新婚ほやほやで、ちょっぴり浮かれているご様子。スイッチが入ると止まってくれません。
ずるいことを言ってしまう一面は変わっていませんが、そのあと存分に甘やかし可愛がるようになったとか。
※IFですので、「こんな一面が見たい!」というのも大丈夫ですよ。
また、IFではない早川先生と不思議な体験を共有することも可能です。
けれども、見てきた物が甘ければ甘いほど、素直には認めてくれないかもしれません。
※独自ルール※
【アイテムについて】アイテムを持ち込む際、短縮表記で指定することが可能です。
【例】牧 雪人が『【カプセルギア】ボナパルト2』を持ち込む場合
CG/206 ……と記載してください。
・カプセルギアを『CG』と短縮表記し、マイリストIDを記入してください
・その他のアイテムを『I』としたり、マイリストを『ML』と短縮表記するのも大丈夫です
※なお、アイテムやマイリストは、アクション送信時の情報が保存されません。
執筆期間中に編集を行うと、アクションと齟齬が出てしまう可能性があります。
投稿締切から1週間は、該当のアイテムやマイリストを編集しないようにご協力ください。
【参照シナリオについて】
他のシナリオ、コミュニティなどの描写や設定を参照することは、
原則的には採用されにくいとなっています。
・事実を確認するだけで良く、深い読み込みがいらないもの
・どうしても前提にしてもらわないと困るもの
これらに関しましては、できる限り参考にしますので『URLの一部』をお知らせ下さい。
【例】シナリオID3242の9ページと、トピックID2853の181番目の書き込みを参照依頼する。
- T/2853/181の結果を受けてS/3242?p=9で●●を成功しました。●●の情報はある前提の行動です。 -
など、シナリオを『S』としたり、トピックを『T』としたり短縮表記で大丈夫です。
IDから該当ページまでのURLは省略せず、そのまま提示して下さい。
・過去参加して頂いた浅野のシナリオに関しても、記憶違いを避けるためにご協力頂けると助かります!
・必須じゃないけど知っておいて欲しいなという事柄については、
余力があれば確認させて頂きますので、ご了承の上で記載お願いします。
※浅野の独自ルールのため、こちらは他MSへ対応を迫る行為はお控え下さい。
それでは、よい1日をお過ごし下さいね!