暑い夏が終わった。
海も、山も。花火も……キスも。目まぐるしい思い出は、生きている限り更新し続ける。
そうして次は秋が来る。
湯煙の向こう、月明かりの下。菊の花びらに意味深な笑顔を添えても愚鈍なフリをして。
時が刻まれるのは、生きている証。
めでたしと幕を下ろすことなく続く物語に、何が起こるかだなんて誰にもわからない。
「止まってしまった時間は、動かないのにねぇ」
ウォルター・Bは、机に置いていたサシェを手に取る。爽やかな香りもだいぶ薄れてきたけれど、こうして鼻に近づければ香るそれは彼女が――大切な生徒である
稲積 柚春が、夏休みの終わりに贈ってくれたものだ。
生徒からの贈り物が特別だったことはない。『大切な生徒』が贈ってくれた物は平等に大切だ。
在学中の3年間で『先生と生徒』という関係が終わることはなく、その関係は卒業後も変わらない。それは、いままで卒業を迎えた生徒たち全てがそうであったし、在学中の生徒も、これから入学するであろう未来の生徒も、変わることが無いと思う。
島を歩いていたら卒業生に「先生」と声をかけられることもあるし、接客業をしていたなら授業中のやりとりを懐かしみながら「先生の言うことだよ?」と少し品揃えの融通をお願いしてみたりもする。けれど向こうも、いつまでも生徒気分で「先生お願い」なんて上手く勧めてくる物だから、つい乗せられてしまって不必要に買ってしまうことだってある。
そこに親愛めいたものが多少あったとしても、先生であり生徒であることは何年経っても変わりない物。
その絆も見ている世界も全て――きっと親友が欲していた、見たかったものなのに。
いつしか、親友の夢は自分の夢にもなっていて、この島に来たことも教職を選んだことも良かったと思ってしまった――けれど、当然親友は……獅子堂は何も手に出来なかった。
生徒が3年間でどれほど成長するのかも、時折反抗的なことも。発想が眩しくて、日々の触れ合いが勉強になることも知らずに死んでしまったのは。
軽率に『一緒に』と声をかけたせいで警察学校に入るべく学んで……幼い正義感を世間からバッシングされるようなことになってしまったのは。
(全部……僕のせいだ) 彼は口癖のように未来を口にしていた。『人の役にたてる仕事がしたい』と願う未来には、警察官だけでなく教職にも憧れがあり、きっと己が誘わなければ良き教師となっただろう。
その後悔の念と、逃避したい弱さから勉学に打ち込んで今があるだなんて、彼はどう思うだろうか。
彼の代わりに夢を叶えなければならない、といった強迫観念は次第に薄れてきたけれど、改めて向き合うほどの強さも持ち合わせていなかった。ただ重く蓋をして、心の奥底に沈めて見ない振りをして。心の氷塊に自分を閉じ込めて、彼のような――獅子堂でさえ理想とするような『先生』であり続けることが弔いだと思っていたのに。
それを揺るがす存在に、酷く戸惑っている。
『――遊ばれたいと戯れる子猫を撫でないのも可哀想でしょ』
それは、ただの気まぐれだったかもしれない。
『遊びなら――あるいは、できたかもしれないなぁ』
……それは、もし違った出逢いならと考えてしまったのかもしれない。
おしゃべりな口が紡ぎ出す言葉に意味があるとするならば、そういう言葉が出るほどには気にかけている。
相手もしたくないほど毛嫌いするような、可能性がゼロだと突っぱねるほど愛着がないわけではない。
だからといって、未来があるかと問われれば、笑って誤魔化すくらいには誠実さが足りない。
(心なんて、
あの日、死んじゃったよ)
氷塊は緩やかに溶け始めたけれど、応えられる熱はない。
親友を裏切らないため、職を守るため。ずるい大人と思われて構わない。
雛鳥のようになついても、子猫のように甘えても、例え彼女のナイトに睨まれても、未来のない男が幸せにできるはずもないから。
――生徒が不幸の道を選ぼうとするのを止めるのも『教師の仕事』だ。
(でも、もう……)
そう言い聞かせるのが、少し難しくなってきた。
人好きのする仮面を被ることには慣れていたはずなのに。
作り笑いを浮かべて、心に線引きをして、自分を隠して時を止め続けてきたのに。
どうしてそう思うのかはわからないから、どうすれば楽になれるのかもわからない。
踏み込まないで欲しいと声を荒げればいいのか、取り繕った仮面を投げ捨てたいのか、わかればいいのに。
ゼロかイチかで割り切れるロジックしかなければ、選択を間違えないのに。
自分には関係ないことだと、ある作家の顛末について話した言葉が脳裏を過る。
『教え子の少女と恋愛関係におちいって自責のあまり棄教して辞職したんですよね』
それは君であっても、1つの未来としてあったのだろうか?
「獅子堂……君ならどうした?」
心が死んでしまった自分にはありえない未来だけれど――その熱を、思い出すことがあったなら。
彼の全てを奪った自分が、心に従い選択することを……許されたいと、思っているのだろうか。
庭掃除をしていた
メアリ・エヴァンズは、門の向こう側に見えた人影に来客だろうかと歩み寄る。
本日はウォルターへのアポイントもなければ、食材配達の予定もない。予定外の訪問ではあるが、ブラックウッド家のメイドとして客人なら出迎えを、そうでなければ毅然とした態度でお帰り願うだけだ。
「こちらに何か……おや、稲積さま?」
いつもこうして訪ねてきてくれるときは、朗らかな顔を見せてくれる柚春だというのに。チャイムを押すのを躊躇うように、門前でまごついているなんて、一体どうしたのだろうか。
それは緊張して、というのは見て取れるのだけれど。頬を上気させているわけもなく、どちらかというと――悩みがある、ような。
「ウォルター様でしたら、ご在宅ですよ」
気のせいであればいいのだけれど、とメアリが用件を話しやすいように微笑みを浮かべる。それに安堵した柚春は、暫し躊躇って口を開いた。
リクエストありがとうございます、浅野悠希です。
こちらは、稲積 柚春さんのプライベートが満載なシナリオです。
概要
■日時
とある秋の日。
お昼過ぎから安全に帰宅ができる時間帯まで、自由に行動していただけます。
■状況
ブラックウッド家を訪ねた稲積さん。
メアリさんは庭掃除の途中で、ウォルター先生は自室でちょっとした作業中と聞いています。
当のウォルター先生は物思いに耽っていたようですが、声をかければ外出にも応じてくれるでしょう。
但し、気分が優れているかというと……? あまり突拍子もないお願いは、難しいかもしれません。
■できること
・メアリさんのお手伝いをしながらお話
・ウォルター先生のリフレッシュのために奮闘する
・3人でティータイム
などなど、ガイドに縛られず自由にアクションを書いて頂ければと思います。
もちろん申請いただきました内容も、描写可能ですのでご安心くださいね。
※もしXキャラの描写量をPCやNPCに振り分けたいなど希望があればお知らせ下さい。
可能な範囲でにはなりますが、できるだけ対応致します。
NPCとXキャラ
今回登場とお伺いしてますのは、NPC:ウォルター・B
秋の空気にあてられてか、それとも色々あったことを思い返してか。
少しだけ、しんみりした空気のようです。
しかし変わらず、軽口を言う元気はあるので深く心配する必要はなさそうです。
※ご指定頂いたシナリオの思い出共有は可能です。
追加の参照が不要であれば、改めての資料送付はなくても大丈夫です。
NPC:メアリ・エヴァンズ
主人のことを良く知っていたり、察しはしても深く言及はしないプロメイド。
稲積さん自身のことを相談することはできますが、ウォルター先生の探りを入れることは難しそうです。
※ご指定頂いたシナリオの思い出共有は可能です。
追加の参照が不要であれば、改めての資料送付はなくても大丈夫です。
Xキャラ:緑林 透破(вор)
ご指定頂いたシナリオと、プロフィールを参照させて頂きます。
追加の参照が不要であれば、改めての資料送付はなくても大丈夫です。
※通常シナリオと違い、Xキャラを単独で自由に動かすことができます。
参照シナリオについて ※独自ルール※
他のシナリオ、コミュニティなどの描写や設定を参照することは、原則的には採用されにくいとなっています。事前にお知らせ頂いている物以外は、通常シナリオと同じように記載をお願いします!
・事実を確認するだけで良く、深い読み込みがいらないもの
・どうしても前提にしてもらわないと困るもの
これらに関しましては、できる限り参考にしますので『URLの一部』をお知らせ下さい。
【例】シナリオID3242の9ページと、トピックID2853の181番目の書き込みを参照依頼する。
- T/2853/181の結果を受けてS/3242?p=9で●●を成功しました。●●の情報はある前提の行動です。 -
など、シナリオを『S』としたり、トピックを『T』としたり短縮表記で大丈夫です。
IDから該当ページまでのURLは省略せず、そのまま提示して下さい。
・過去参加して頂いた浅野のシナリオに関しても、記憶違いを避けるためにご協力頂けると助かります!
・必須じゃないけど知っておいて欲しいなという事柄については、
余力があれば確認させて頂きますので、ご了承の上で記載お願いします。
※浅野の独自ルールのため、こちらは他MSへ対応を迫る行為はお控え下さい。
それでは、よい1日をお過ごし下さいね!