九夜山の裾、天宵川を挟んで星ヶ丘を望める辺りに、島山梅園はある。
島山さん一家が代々営んできたその梅園は、4月のこの季節にはまだささやかな梅の青い実を春の風にそよがせながら、青々とした緑の葉を日の光に煌めかせていた。と言って、繁り過ぎても良くないから定期的な見回りは欠かせない。
そんな島山家の跡取り息子・島山 久幸(しまやま・ひさゆき)は、早朝からの春キャベツの収穫と出荷がひと段落して、はぁぁぁぁ、と大きな息を吐いた。梅園の方は手隙のタイミングが多いこの時期、島山家の主な仕事は隣の畑で作る春野菜の手入れと収穫、出荷だ。
今日はカレンダー上は日曜日とはいえ、農家の日常は必ずしもカレンダー通りではない。野菜の生育に曜日は関係ないし、直契約している飲食店などに卸す野菜はむしろ土日祝の方が多かったりする。
ゆえに常と変わらずぐったりとしている、兄の様子を察した妹の島山 弥生(しまやま・やよい)が、お兄ちゃん、と声をかけて来た。
「何かお手伝い出来ること、ある?」
「うーん……今日は、ちょっと無いかなぁ。あとで隣の野菜直売所の様子を覗くくらいだよ」
ありがとうな、と頭をぽふぽふ撫でると、弥生の顔が少し下がる。けれども中学2年生になったばかりの彼女には、家の手伝いよりも今しか出来ない色々な経験をして欲しいし――何より、彼女は目が見えない。
正確には、弥生の瞳は辛うじて光を感じられはする。けれども小学校2年生の頃――久幸が本土の大学の傍で下宿をしていた頃に交通事故に逢ってから、景色を瞳に映すことは、出来なくなった。
だから弥生に手伝ってもらえる農作業も、その範囲が大きく限られてしまう。それを解っている弥生自身もまた、滅多に手伝いを申し出る事はなかったのだけれど――2月頃、縁あって梅の花摘みを手伝って貰ってから、少し何かが変わったようだ。
――そうだ、と思い出して久幸は疲労で重たい腰を気合で持ち上げた。
「梅花漬。そろそろ出来てる頃だから、兄ちゃんと一緒に飲んでみようか。あれなら皆川さんも呼んで、他にも来てくれる人が居れば一緒に試飲会みたいな感じで」
「十海ちゃん? うん、電話してみるね」
数少ない中学の友人・皆川 十海(みながわ・とうみ)の名前を聞いて、弥生はぱっと顔を上げてスマホを取り出した。最近のスマホは音声入力で電話が掛けられるから、弥生も重宝しているようだ。
その声を聞きながら、お茶請けは何があったかな、と久幸は考えた。梅園の産物として売ってる梅金平糖が、そろそろ賞味期限が切れかけていたのがあっただろうか。
初夏にも晩春にもまだ少し早い、肌寒いようなほの暑いような、良く晴れた日曜日。
たまにはのんびり休みらしく、ゆっくり過ごすのも悪くなさそうだ。
いつもお世話になっております、蓮華・水無月と申します。
奇遇にもらっかみ!タイムとリアルタイムの季節が何となく合っていると嬉しくなる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は『島山梅園』という知る人ぞ知る梅園にて、梅花漬の花湯を楽しもう、という依頼です。
・何となく訪ねてきたら試飲会をやってた
・島山梅園横の畑にある野菜直売所に春野菜を買いに来たら試飲会に気付いた
・久幸や弥生、十海から聞いた(友人知人などは好きにご設定頂いて大丈夫です)
・そういえばそろそろ出来るんじゃ? と来てみた(前シナリオ『島山梅園華始。』のご参加者さまのみ)
・島山梅園で貰った梅花漬を花湯やお菓子などにして楽しんでいる(前シナリオ『島山梅園華始。』のご参加者さまのみ)
など、お好きなパターンでご参加下さいませ。
島山家では、母屋の縁側前に簡易的なベンチとテーブルが置いてあります。
試飲は紙コップでご提供。
紙皿に梅味の金平糖もお茶請けで出てきます。
梅花漬について
桜の塩漬けの梅バージョン、とお考え下さい。
梅の風味が豊かという話があります。
なお、味についてリアクション内で描写する際には『花の香りが感じられる』『趣き深い味わい』などの表現になります。
ご了承いただければ幸いです。
<以下、説明など>
●島山梅園
場所:九夜山の裾、天宵川の傍辺り(地図の7B~7C辺りとお考え下さい)
広さ:200m四方くらい。同じ位の広さの畑が隣の敷地にあります。
管理者:島山 晴久(しまやま・はるひさ)54歳、妻・杉子(すぎこ)48歳
設定:
島山さん一家が代々受け継いで来た梅園。
毎年、観光梅園として梅の花が咲く頃には梅見客が訪れるが、あまり有名ではなく数は少ない。
実がなると家族で収穫して農協などに出荷している。
梅園の仕事が手隙気味な今の時期は、隣の畑での農作業の方が忙しい。
●登場人物紹介
島山 久幸(しまやま・ひさゆき)25歳
島山梅園の跡取り息子。梅園を継ぐべく、本土の大学の農学部で農業を学んだ。
下宿して家を離れている間に事故にあった妹・弥生を不憫に思い、何かと気にかけている。
島山 弥生(しまやま・やよい)13歳
寝子島中学2年生。小学2年生の頃に自動車事故に逢い、目が不自由になった。
幼い頃は活発な子どもだったが、事故以降は音楽やラジオを聞いて家の中で過ごすことが多い。
皆川 十海(みながわ・とうみ)13歳
弥生の同級生。弥生とは音楽の趣味が同じで仲良くなった。
最近読んだ本の話を聞かせたりもしている。
※久幸、弥生、十海との関係は、クラスメイト、友人、知り合い、梅園の常連など、無理のない範囲でご自由にご設定頂いて構いません。
それではお気が向かれましたら、どなた様もお気軽に、どうぞよろしくお願い致します(深々と