あなたが気がつくと、そこは、西洋建築と日本建築とが入り交じったような街並みであった。道の脇に並ぶガス灯の下を馬車がゆき、路面に敷かれた線路の上を列車が走ってゆく。
まるで、明治か大正の頃を思わせるような風景に、あなたは、さぞかしおどろいたことだろう。否、あるいは、寝子島ではありふれた非日常であると、少しもあわてやしなかったかもしれない。
しかして、いずれにせよ、それは些末なことであった。
あなたの前に、チューリップ帽をかぶった袴姿の男が現れ、おもむろに言ったのである。
「ようこそ、異能の力を持つ者たちが息づく『大正二十七年』の帝都トウキョウへ」
本来、日本史における大正時代は、十五年までである。『大正二十七年』など、存在するはずのない時代であった。
「きみは、寝子島という――まあ、ぼくたちからすれば、未来とも平行世界ともいえる世から来たのだろう。いわば、『マレビト』というものだ」
タバコをふかしながら、チューリップ帽の男は、あなたに言った。
「ぼくの役目は、口うるさい憲兵の連中に見つかるよりも先、きみのようなマレビトを見つけ出して保護することなのだけれどね。保護ついでに、ちょいと仕事を手伝ってもらっているんだよ」
にんまりと、男が笑った。
「そら。働かざる者食うべからず、と言うだろう。きみが、帰るまでの衣食住を保証する代わりに、少しばかし力を貸してもらうだけさ」
男のくゆらせる紫煙が、霧か霞かのように周囲へと広がってゆく。
いつしか、あなたと男はタバコの煙によって、帝都の街並みから隔離されていた。
「なあに、そう身構えなくともいい。ぼくは、これで探偵社の所長をさせてもらっていてね。今は、とある妖精探しをしているところなんだ」
異国の妖精には、猫の妖精や犬の妖精といったものがいる。
猫の妖精はケットシーと呼ばれ、犬の妖精はカーシーと呼ばれているのだが、男が探しているのは、そのどちらでもあり、どちらでもない――そんな奇妙な妖精なのだという。
「人の姿に化けている間は、ケーシー・シーカーと名乗っているようなんだが、本来の姿は猫の身体に犬の耳と尾が生えている」
そこまで言って、男はあなたに向かって軽くあごをしゃくった。
「まあ、立ち話というのもなんだ。ひとまず、探偵社へご案内しようじゃあないか」
くるりと、男が背を向ける。男の羽織がなびいて、紫煙が舞った。
「おっと。そういえば、まだ名乗っていなかったね。ぼくは、ノグチハルオミという。よろしく頼むよ、マレビトくん」
はじめましての方も、おひさしぶりの方も、こんにちは。
ゲームマスターの「かたこと」です。
今回のシナリオは大きく舞台が変わりまして、過去とも、並行世界とも、異世界とも呼べるような架空の大正時代です。
それは、本来ならば、あり得るはずのない大正二十七年の、帝都トウキョウ。そこには、超常的な異能の力を操る者たちが、陰ながらに存在していました。
帝都では、異能に目覚めたばかりの者による暴走事故や、異能を悪用せんとする者たちによる事件が相次いでいます。
彼らと同じく、異能の力を持つ探偵社の所長ノグチハルオミは、力なき人々を守るべく、また、異能の存在を秘匿すべく、帝都を暗躍しているようです。
マレビトとして、帝都トウキョウに降り立ったキャラクターは、探偵助手という肩書きでハルオミの仕事を手伝うことになります。
そして、この度、マレビトとなった皆さまには、アイルランドの伝承に登場する猫の妖精ケットシーと、犬の妖精カーシー……を足して割ったような、架空の妖精を探していただきます。
人の姿に化けることができるこの妖精、どうやら普段はケーシー・シーカーと名乗っているようです。
帝都では、ちょっとした異人さん扱いでしょうか。
ですが、その本来の姿は、猫の身体に犬の耳と尻尾を生やしたものであるとのことです。
ケーシーを探し出すことができた場合は、力尽くで捕らえるもよし、説得してハルオミのもとへ連れて行くもよしです。
シナリオ中では、ハルオミの保護により、皆さまのキャラクターが憲兵らに捕まることなどはありませんので、ご安心ください。
ただし、皆さまのキャラクターの行動は、ハルオミ自身の透視能力により筒抜けとなりますため、観光などはほどほどに。
以下は、ハルオミが集めたケーシーの情報です。
ぜひ、参考にしてみてください。
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■ 調査報告書
▼『ケーシー・シーカー』という異人について
・中性的な青年の姿をしており、洋装であることが多い。
・フルーツパーラーや、ミルクホール、カフェーなどで多く目撃されている。
・紳士的で、誰に対しても友好的な態度を取っている。
・口癖なのか、よく「愉快」や「不愉快」といった言葉を使っている。
▼妖精としての力について
・空間を歪める能力。
・上記の能力を用いることで、自分以外の対象を望む場所へ転移させることができる。
▼備考
現在のところ、人的被害はないが、しばしば空間を歪めては、飲食店にある商品をくすねている。
応用が利く能力であるため、被害が大きくなる前に、身柄を拘束しておきたい。
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