ふと夜中に目ざめ、喉の渇きをおぼえて階下に降りた。
「……テレビ?」
音が出ていなくても部屋が暗くても、テレビが灯(つ)いていることが
白 真白はにはわかる。理由は知らない。なんとなく、だ。
でもたいていは的中する。
リビングをのぞくと案の定、テレビがついたままだった。どことなく皆既日食のよう、さもなくば明け方に見る雪景色か。黒でもなく白でもない灰色のスクリーンが、鈍くも軽い薄明かりを放っている。
消し忘れたかな、と真白は思った。
ゲームのときにつかう画面か、それとも放送終了したチャンネルか。
やれやれと思ってリビングに入って、一瞬息をのみ立ちつくす。
なにも映っていないそのテレビを、
紅こと
芋煮 紅美(いもに・くみ)が見つめていたのだ。ソファの上で体育座りした状態で。口は半開き、見開かれた目に、灰色の光が反射している。
「紅ちゃん……!」
飛びつきたくなる。抱き寄せて耳元に告げたくなる。
もう怖がることはないと。
ここはあの施設じゃない、紅ちゃんの自宅でもない、安全な私の家なんだと。
けれど胸の中の尖ったものをおさえて、真白はゆっくりと紅に近づくと肩に手を乗せた。
「もう寝る時間だよ。ベッドに戻ろう?」
「え……?」
紅は真白を見て、抱き上げた仔猫のようにふわりと笑った。
「うん、そうだね」
部屋に送り届ける。
家に帰りたくないと言う紅を、真白は自宅に住まわせている。先月からだ。
基本的に紅は明るい。よく食べてよく遊ぶ。
けれど一定の周期で、こんな状態に陥るようになった。さしのべた真白の手をつかむ手は死人のように冷たい。
外は綿雪が降りはじめている。
昨日より積もるだろうか。
◇ ◇ ◇
おかしい。
寝子島中学校非常講師
今道 芽衣子(担当教科英語)はスマートフォンの画面を見つめる。
明日予定の職員会議が、前倒しで本日開催に変更になったという。
それ自体はよくあることだ。べつだんおかしなことではない。むしろ明日くらいからテストの問題作成をしなければならなかったので、助かるといったほうが適切だろう。
でも、なぜ。
芽衣子が
脇坂 香住(わきさか・かすみ)の家に行こうとするといつも、急な予定変更が入るのだろう?
あるときは残業が入った。
またあるときは、同僚教師が熱を出し、放課後部活の引率を頼まれた。
学校でボヤ騒ぎが起こって回れ右をしたこともある。
他にも、大小様々な事情が、絶妙のタイミングで発生した。
そして、これだ。
まるでなにかが、芽衣子の訪問を妨害しているかのようではないか。
香住は、芽衣子が副担任を受け持つクラスの生徒だ。きりっとした瞳の女生徒で、誰もが認める『優等生』である。髪は三つ編み、黒ブチのメガネ、なんだかいつも怒っているような口調だった。
香住には困った癖があった。相手が誰であれ、自分の尺度で無駄と思う行動が許せないのだ。
俗に消しバトと呼ばれる消しゴムの落としあいをしている男子に、
秘密の手紙を交換し合う女子に、
授業中に雑談をはじめた教師に、
こう言わずにはおれないのである。
「時間の無駄です」
と。
とりわけ芽衣子に対して、香住の態度は強硬だった。まるで宿敵だととらえているかのように。
もちろん学校を学舎(まなびや)とだけとらえるのであれば、そうした行動は無駄ということになるだろう。けれども社会生活をいとなんでいくうえでは、気晴らし雑談暇つぶしはいずれも、けっして無価値ではないものだ。
どうやってそのことを教えよう――芽衣子が頭を悩ませていたある日、張りつめたテニスラケットの弦が切れたように、ぷつんと香住は登校をやめた。
行きたくない、その一言だけを残して学校に来なくなったのだった。
何度か担任が香住の家を尋ねた。
それでも状況は改善していない。
副担任として芽衣子も香住の家を訪問しようとしたのだが、一度も実現していない。
これまで何度も立ち消えになった。今日もキャンセルされそうになっている。
おかしいよね、絶対。
運命を無理矢理ねじ曲げられている、と感じるのは考えすぎだろうか。
訪問が立ち消えになるたび、ひそかに安堵している自分もいた。これまでずっと香住は自分に対し、激しい敵意を向けてきたから。だから行ったところで、拒絶されるだけだと思っていたから。
でもね――芽衣子は携帯を取りだした。今日の職員会議には参加できない、その旨をメールにしたためて送る。
……でもね、私だって、プロなんだよ。
産休職員のための代理であろうと。
期限の定めのある期間職員であろうと。
海外の大学の研究職を解雇され、不本意ながら日本で教員をしている身であろうと。
プロの教育者なんだから!
一日くらい会議に出なくたって困りはしない。
予定通り、香住の家に向かっていく。
また雪が降り始めていた。傘をひろげて大股で歩む。
五分後、雪でスリップした自動車がガードレールの途切れた部分から、猛スピードで自分に突っ込んでくることを芽衣子は知らない。
◇ ◇ ◇
雪が降る。
雪が降る。
ゲームショップ『クラン=G』の軒先に。
三佐倉 千絵(みさくら・ちえ)はテーブルを拭く手を止めて窓の外を見つめた。
今日はお客さん少ないだろうな――。
雪が降る。
社会福祉法人EABが経営する施設の、鉄格子の上に。
どうしよう。
炙った飴みたいに歪んだ鉄格子を見つめながら、
根積 宏一郎(ねづみ・こういちろう)は頭をかきむしる。
これ、私がやったんですよね――。
あいつが戻りたがっている。
雪が降る。
コンクリートに仰向けで横たわり、目を閉じている彼女の上に。
ある日あたしが急死したときに備えて、誰かに覚えておいてもらいたかったからかもね――。
唇に血の泡が浮いている。
彼女は
まみ子と名乗っているが、本当の名前は『ヒメキ ジュン』という。
プリンセスにツリー、じゅんはひらがな。
雪が降る。
渋滞のまんなかで、取り残された孤島のようになったバスの上に
「……ったく、止まっちまったじゃねぇかよ」
降りて歩くか、と
詠 寛美はつぶやいた。
雪が降る。
あなたの上に。
マスターの桂木京介です。
よろしくお願い申し上げます。
白 真白さん、ガイドへのご登場ありがとうございました。
ご参加いただけた場合は、ガイド本文にかかわらず自由にアクションを掛けていただいてくださいませ。
シナリオ概要
日常シナリオです。
たくさん雪が降った日の出来事を描かせてください。
拙作『……アンド・ユア・バード・キャン・シング』の後日譚的なシナリオガイドにしていますが、どの物語にも絡む必要はありません。
NPCについて
以下のNPCは本作において特定の働きをするかもしれません。
●三佐倉 千絵(みさくら・ちえ)
小学六年生。ゲームショップ『クラン=G』オーナーの娘で、不在がちな父親にかわってよく店番をしています。
●根積 宏一郎(ねづみ・こういちろう)
くたびれた風貌の中年男性です。
みずから『マウス』と名付けた凶暴な第二人格を持っていましたが、ある矯正施設に収容されたことで抑えられるようになっていました。
●紅(くれない)こと芋煮 紅美(いもに・くみ)
『クラン=G』の常連で中学生です。根積と同じ施設に無理矢理収容されていました。逃亡後の現在は『おおむね』健康です。
●脇坂 香住(わきさか・かすみ)
無駄なことが大嫌い、と公言してはばかることのない中学二年生です。
昨年末ごろから不登校になっています。
●詠 寛美(うたい・ひろみ)
寝子高生です。本嫌いを公言しているのに図書委員で、委員の仕事で帰宅中、豪雪に巻き込まれました。
●まみ子こと姫木 じゅん
キャバクラ『プロムナード』で働く女性です。
ガイドに未登場のNPCも登場可能です。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、恋人、運命の相手など。参考シナリオがある場合はページ数も)を書いておいていただけると助かります。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
それでは、あなたのご参加を楽しみにお待ちしております。
次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!