ある夜のこと。
結城 萌子は兄の住むアパートの非常階段に出て、小さく吐息をついた。
「ったく……。ただの引きこもりかと思ったら、女の子を誘拐までしてるなんて、あり得ない!」
ブツブツと呟きながら、彼女はポケットから取り出した鍵で、非常階段への出入口に掛けられた南京錠をはずそうとする。
ここは、シーサイドタウンの一画にある三階建てのアパートだ。
少しばかり古くてボロいせいか、住人の数は少ない。
三階に住んでいるのは、彼女の兄の結城 三郎だけだ。
彼はそれをいいことに、廊下から非常階段へ出るためのこのドアに、勝手に外から南京錠を取り付けて、中から開けられないようにしてあったのだ。
では、なぜ今彼女がここにいるのか。
彼女は「開け、ゴマ」と口にすることで、壁や閉まったドアなどを抜けられるろっこんを持っていて、それを使ったのだ。
南京錠の鍵は固く、なかなか開くことができない。
と、その時。
ふっとドアをすり抜けるようにして、少女が一人、中から出て来た。
年齢は16、7歳ぐらいだろうか。長い金髪に青みがかったグレーの目をして、どこかあどけない雰囲気を持っている。
もう10月だというのに、夏物の半袖のワンピースを着て、足にはサンダルを履いていた。
「え? あなたも、私と同じことができるの?」
萌子は、驚いて声を上げる。
問われて少女は、小さくかぶりをふった。
「できない。でも、あなたがわたしを抱きしめてくれたから、使えるようになった」
言って、少女は彼女の脇をすり抜けて、階段を降りて行こうとする。
「待って。私も一緒に行くわ。まずは、警察よ」
萌子は慌てて呼び止めたが、少女はかまわず階段を降りて行く。その足はすべるように早く、萌子が階段を降り切った時には、すでに姿が見えなくなっていた。
「嘘でしょ。どこに行ったの?」
思わずぼやいてあたりを見回すが、それらしい姿はどこにも見当たらない。
「ああ、もう。せめて名前ぐらい聞いておくんだったな。……しようがないわ。とにかく、警察に連絡よ」
一人ぼやきながら彼女はバッグからスマホを取り出すと、警察へと電話をし始めたのだった。
×××
夢宮 瑠奈がその話をクラスメートから聞いたのは、数日前のことだった。
曰く、寝子ヶ浜海岸で夜、金髪の少女に海に引きずり込まれそうになった――というのだ。
「塾の帰りに、海岸の近くを通ったのよ。ふと見たら、浜辺に人影が見えて……何してるんだろうって気になって、浜辺に降りて声をかけたの。そしたら、いきなり手を引っ張られて、そのまま海に引きずり込まれそうになったのよ。必死でふり切って逃げたけど、今思い出しても怖くて心臓がバクバクするわ」
そのクラスメートは、そんなふうに話してくれた。
他にも、ちら、ほらと、そんな話を聞く。
といって、そこまで噂になっているわけではないようだ。
少なくとも、瑠奈の周辺でその話を聞いたのは、ほんの二、三人。
だが、瑠奈はその話がなんとなく気になっていた。
というのも、夏の終わりに彼女は寝子ヶ浜海岸で、金髪の少女と出会っていたからだ。
寝子ヶ浜海浜公園で遊んだあと友人たちと別れて、なんとなく海岸の方へと足を延ばした。
すでに夜になっていたが、空は晴れていて月が出ており、あたりは明るかった。
月光に照らされた海はきれいで、潮風に吹かれながら瑠奈はその眺めを楽しんでいた。
その時、どこからともなく優しい歌声が聞こえて来たのだ。
瑠奈がその歌声を追って、浜辺を歩いて行くと、やがて波打ち際で歌う少女を見つけた。
長い金髪にグレーがかった青い目をした少女は、瑠奈とかわらないぐらいの年齢に見えた。
「こんばんわ。歌、上手なんだねぇ」
瑠奈が声をかけると、少女は歌うのをやめてふり返る。
「あたしは、
夢宮 瑠奈。あなたは?」
「クリスタよ」
瑠奈が問うと、少女は名乗った。
それから二人は、浜辺で波と追いかけっこをしたり月を眺めたりしながら、話をした。
クリスタの足には、月の光を受けてキラキラと輝く小さな鱗が張り付いていた。
瑠奈がそれに気づいて問うと、彼女はぽつぽつと答える。
「私の腰から下は、本当は魚なの。……住んでいたのもここじゃないんだけど、人に呼ばれて、ここに来たら腰から下が人間の足になってしまって……」
「それじゃあ、クリスタちゃんはほしびとなんだぁ」
「あ、うん」
目を見張る瑠奈に、クリスタはうなずいた。
「ここでは人間のフリをしろって、私を呼んだ人に言われてて……それで、昼間は人間っぽくしてるんだけど、やっぱり水が恋しくて。夜になると、ここで一人で泳いだり、歌ったりして過ごしているの」
「星幽塔には、帰らないの?」
瑠奈の問いに、クリスタは小さくかぶりをふって、唇を噛む。
その姿があまりに寂しそうで辛そうだったので、瑠奈はそれ以上、そのことについて問い質すことができなかった。
なのでそのあとは、瑠奈が自分の知っている歌を彼女に教えてやったり、学校での話をしたりしてすごした。
そして、そこで別れて、それきりだった。
翌日も、瑠奈は買い物帰りに海岸まで足を延ばしてみたが、クリスタの姿はなかった。
そのまま夏が過ぎ、もはや10月である。
(まさか、クリスタちゃんじゃない……よねぇ?)
一瞬、頭をよぎった嫌な予感に、瑠奈はふと胸に呟いた。
×××
結城 萌子がねこったーに、協力要請の呟きを放ったのは、兄のアパートで少女を助けた翌日のことだった。
警察に通報したものの、警官たちは彼女の話をあまりまともに取り合ってはくれず、結局、少女を探すことすらしてくれなかったのだ。
自称魔術師の兄・三郎の外見や言っていることが、あまりに奇抜すぎたせいである。
彼は、萌子の通報でやって来た警官たちに、自分は魔術師であり、少女は星幽塔なる悪魔の巣窟から召喚した魔女だ――などと真顔で話したのである。しかも、それを語る彼の恰好はといえば、フードのついた黒いローブをまとって腰には麻紐のロープを巻き、首からはさまざまな飾りのついたネックレスをジャラジャラと下げているというもので、これ以上ないほど怪しかったのだ。
警官たちは彼の言葉と外見に、彼をマトモではないと思ったのだろう。そして、こんな怪しすぎる男に騙されてついて来る人間がいるはずがないと判断したのだ。また、アパートの周辺にそれらしい人影がなかったことも、災いした。
結局、萌子の話も信用されず、警官たちは何もせずに帰って行った。
だが、おかげで萌子にも事情が飲み込めた。
「兄さん、まさか、また『召喚魔法』を行ったの?」
二人だけになってから、萌子は思わず三郎を問い詰めたものだ。
学生時代に魔術をモチーフとしたゲームにはまった三郎は、以後、さまざまな魔術書を読み漁り、『魔術オタク』と言っていい人間になった。
その上彼は、いつの間にか、自分の妄想が短時間だけ具現化する力を得ていた。
おかげで彼は、自分が本当に魔術師だと信じるようになったのだ。
そんな中、寝子島近くの上空に、星幽塔が現れるに至った。しかも、幸か不幸か彼にはそれが見えるのだ。
そして、ほしびとたちを勝手に『悪魔』認定した彼は、日々『召喚魔法』にいそしむようになった。
それは、これまでは失敗続きだったのだが――。
「そうだ。そして、今度は成功した」
萌子の問いに、三郎は自慢げに胸を張る。
「あの少女――クリスタが俺の召喚に応えて、やって来た。あれは人魚だ。もっとも、足はすぐに人間と同じものになってしまったがな。……人間のくらしをさせて、来たる『大戦』に備えようと考えていたのだが、星幽塔に戻りたいなどと言い出したのでな。夏からずっと、ここに監禁していたのだ」
「兄さん、それって犯罪よ!」
聞くなり萌子は叫んだ。
ちなみに『大戦』とは、三郎がいずれ起こると信じている魔術師同士が聖遺物を奪い合う戦いのことである。
もちろん、実際にはそんなものが起こるはずもない。
「何が犯罪だ。俺は魔術師として、当然の準備をしているだけだ」
三郎は更に胸を張るばかりで、話にならない。
(とにかく、なんとかしてあの子を見つけなくちゃ。無事に星幽塔へ帰れたのならいいけど、そうじゃないなら、可哀想だもの……)
兄の態度にげんなりしながら、萌子は思った。
同時に彼女は、兄が自分と同じもれいびで、その力がろっこんなのかどうかに、疑問を感じ始めてもいた。
いや、以前から彼のろっこんは『なんでもあり』すぎる気はしていたのだ。
短時間とはいえ、妄想したものがなんでも具現化してしまうというのは、裏を返せばずいぶんと強大な力だとも言える。
ましてや、『召喚』となると、ろっこんの力を越えている気がするのだ。
(まさか……兄さんは何か、妙なものにとり憑かれているとか、じゃないわよね)
萌子は一瞬、そんなことを考えて、慌ててかぶりをふった。
(まさか……まさかね。寝子島では、不思議なことがよく起こるもの……。きっと、偶然、たまたま、彼女が兄さんの所にやって来ちゃっただけに違いないわ)
彼女は無理に自分を納得させると、ねこったーに書き込む。
『急募!
私と一緒に、人探しをしてくれる方を募集します。
協力してくれる方は、DMにて連絡下さい』
『拡散希望』のハッシュタグをつけることも、忘れない。
「少しでも人手が集まってくれればいいけど……」
呟いて彼女はスマホで開いたねこったーアプリを閉じると、今度は地図アプリで寝子島の地図を開いた。
「兄さんは、あの女の子のこと人魚って言ってたし……探すなら、海辺ってことかしら。ここから一番近いのって、寝子ヶ浜海岸よね……」
低く言って、彼女はじっと地図を見つめるのだった――。
こんにちわ、織人文です。
久方ぶりの、ガイドです。
夢宮 瑠奈さま、ガイド登場、ありがとうございました。
さて今回は、星幽塔から『召喚』されてやって来たほしびとの少女、クリスタを探すというシナリオです。
クリスタは、自称魔術師の結城 三郎の召喚によって寝子島にやって来ました。
寝子島にやって来た当初は比較的自由に行動できていたクリスタですが、星幽塔に帰りたい思いを口にしたことで、三郎に監禁されてしまいました。
そして、2ヶ月に渡る監禁生活の中で、精神が蝕まれているのかもしれません。
何か起こる前に、彼女を見つけて星幽塔へ帰してあげたいものですね。
一方、三郎の妹・萌子は、兄の力に何やら不審感を抱いている様子です。
妄想がなんでも具現化してしまったり、ほしびとを召喚して監禁できる力が、はたして本当にろっこんなのでしょうか。
そのあたりについても、考えてみると面白いかもしれませんね。
もちろん、このシナリオはどなたでも参加できます。
また、PCさまたちの行動は、基本的には自由です。
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◆NPC
【クリスタ】
星幽塔からやって来たほしびとの少女。
金髪とグレーがかった青い目をしており、ワンピースとサンダル姿。
本来は腰から下が魚で、現在は人間と同じ二本足だが、足に鱗が残っている。
夏から2ヶ月間、監禁されていた。
【結城 萌子】
20歳。OL。もれいび。
壁抜けのろっこんを持っている。「開け、ゴマ」と言うと使える。
クリスタを助けた女性。
【結城 三郎】
25歳。引きこもりのニート。もれいび?
萌子の兄で、自称魔術師。
自分の妄想が短時間だけ具現化する力を持つ。
星幽塔が見え、ほしびとを勝手に『悪魔』認定している。
『召喚魔法』を行っている際に偶然現れたクリスタを捕え、監禁していた。
◆これまでの出来事
・夏(8月ごろ) 三郎の召喚魔法でクリスタが現れる。
・夏(8月ごろ) 夢宮 瑠奈さまが、寝子ヶ浜海岸でクリスタと会う。
その後、クリスタは星幽塔に帰りたいと言ったため、三郎のアパートに監禁されてしまう。
・10月 萌子がクリスタのことを知り、助ける。クリスタは、姿を消す。
・10月 寝子ヶ浜海岸で金髪の少女に海に引きずり込まれそうになった人が、何人か出る。
以上です。
それでは、みなさまの参加を心よりお待ちしています。