絶好調の快晴、本日も一日洗濯びよりでしょう……という天気予報は、ものの見事に外れました。
昼まではたしかにその通りでしたが、正午をすぎて何やら、でろでろと濃い雲があらわれはじめ、あれよあれよという間に空は、水彩画のような青から厚塗りの油絵のような灰色へと変わったのでした。
空が一気に決壊したのは、放課後のチャイムが鳴ったのと同時でした。
泣きたいのを必死でこらえていた子どものように、激しい雨が校舎に、グラウンドに、通学路に降りそそいだのです。たちまち校舎は灰色になり、グラウンドはぬかるみに、通学路は小川のようになりました。しかもいくら待っても、この勢いは衰えないのです。
グラウンドを使う運動部の多くは、あっさりお休みとなりました。
まさかこんなことになるとは思わず、かなりの数の生徒が足止めを余儀なくされています。
意を決して雨中、駆けだすチャレンジャーもありましたけれど、多くの生徒はただ呆然と、校舎内や軒先で立ち尽くすばかりです。天気予報のこともあって、雨傘なんて持ってきていなかったからです。
剣崎 エレナもその一人でした。
「困ったわね……」
玄関のところで立ち往生。恨めしげに、銀の矢が降る空を仰ぎます。
先週買った蛇の目傘、今ここにあればどれほど良かったか。
寮の部屋に帰って予習復習、その他やりたいことはたくさんあります。ここでただ、茫漠とすごすことを無意味と、考えてしまうエレナなのです。タクシーで帰るという手段もないではないですけれど、エレナは近ごろ思うところあって、そういったぜいたくはやめることにしていました。
「どうしようか……え?」
彼女は目を丸くしました。
やや前方、雨を意に介さず独りゆく、その後ろ姿に見覚えがあったからです。
「会長!?」
そうです。生徒会長
海原 茂は晴天のときとなんら変わらぬ足取りで、傘もささないで堂々、土砂降りの中を歩いていたのでした。もちろんレインコートだって着ていません。まるで雨など存在していないかのようです。だから、濡れネズミという表現すら可愛らしいくらいぐっしょりでした。髪は頭に、ワイシャツは肌に張りついています。
「さすがは……会長」
思わず独言します。風林火山という言葉から、風と火を抜いたような堂々たるたたずまい。きっと彼は地球最後の日であっても、落ち着いて自分の仕事をまっとうすることでしょう。
それにしても――さすがにあれは真似できないともエレナは思うのでした。
さあ、どうしましょう。
ところで美術部の部室では、制作中の静物画にも手をつけず腕組みして、窓の外を眺めている少年の姿がありました。
特徴的なフワっとした髪型……そうです、彼は通称『ワカメ頭』こと
鷹取 洋二です。
普段は眠そうな洋二が、なんだかきりりとした目でいることに部長の
霧切 翠子は気がつきました。
「洋二君、どうしたの? そんな真剣な顔して……お腹でも痛いの?」
「いや、お腹はいたって健康だよ。ちょっとね、気になることがあるのさ」
「気になること?」
黙っていればまあハンサムな彼です。その彼が、この日最高に男前な表情で言いました。
「雨をね、よけて帰れないかと思って」
「えっと……それどういう意味?」
洋二が妙なことを言い出すのはいつものことなので翠子は驚きませんが、それでも訊き返さずにはいられませんでした。
「ほら、拳法の達人とか太極拳の師匠とかさ、そういう超人的な人だったら、きっと空から降る雨をひょいひょいとかわして濡れずに歩けると思うんだ」
「あのね……」
ばかなの? とでも言いたげな表情をする翠子でしたが、それを聞いてやはり部員の
白鳥 悠生が目を輝かせました。
「雨って……均等に……降ってるわけじゃ……ないですもんね……? 一つの雨粒が……当たる直前に……これをくぐって……で……また……別の雨粒をさけて……という具合で……」
「そうそう! そんな感じだよ白鳥くん、わかってるねえ」
思わずVサイン、と言った表情で洋二は悠生に笑いかけます。
「なんだかこんな天気の日は、そんな技を試したくなるんだよ。気力が充実しているとでもというのかなあ、なんとなく達人になったような気がしてねえ。僕は達人僕は達人……そんな風に念じてさ」
「先輩……挑戦……するんですか?」
「風邪引くだけよ」
しかし洋二は二人にこたえることなく、謎めいた笑みを浮かべるだけなのでした。
これはそんな、雨の日の放課後の物語です。
よろしくお願い申し上げます。マスターの桂木京介です。
まったく予期しなかった春雨……これに直面した放課後の一幕を描きます。
シナリオガイドにもありますように、ほとんどの参加キャラクターは傘を持ってきていないことを想定しております。
濡れて帰るか、なんとか工夫して濡れずに帰るか、それとも、開き直って雨で遊ぶか……過ごし方は皆さん次第です。
といっても「偶然」傘を持っていたという展開ももちろんありですよ。傘がある人の特権(?)として、憧れの彼や彼女を誘って相合い傘してみますか?
便宜上、舞台は『寝子高・校舎』としていますが、下校の通学路(寮や下宿まで)も含みたいと思います。
【NPCについて】
剣崎 エレナは皆さんの多くと同様、雨に立ち往生している様子。
生徒会長海原 茂は、帰って着替えればいい、という合理的な判断(?)で雨をものともせず下校しております。
一方、美術部の鷹取 洋二はなにやらとんでもないことを考えているようですね。(けれど彼の『ろっこん』に注意! もしかしたら、もしかするかもしれません)
NPCたちについては、絡むアクションをかけられても必ず成功するとは限らないことをあらかじめご了承下さい。
また、彼らとこれまで他のシナリオやコミュニティで知りあっているという場合は、その旨記していただけるととても助かります。
以上、あなたのご参加を心から楽しみにお待ち申し上げております。桂木京介でした。
次はリアクションでお目にかかりましょう。