喫茶『セピア』。その二階にある、雇われ店長が住む居住スペースには、無数の本であふれかえる書庫がある。
そこに眠る書物たちは、売れないながらに作家を兼業する店長が、執筆の資料として集めたものだ。
部屋は定期的に掃除され、書物もまた余暇を見ては虫干しをされている。
――さて。この世界には「人から大切にされた物には魂が宿る」というような話がある。
仮にもし、それが本当だとしたら。たとえば、これらの書物に、魂が宿っていたとしたら。
はたして、それらはどのような「物語」を紡ぎだすのだろうか――
これは、喫茶『セピア』。その二階にある、書庫から始まる話。
※
「ユーヤ、ジャムがないよ」
厨房の棚を見あげながら、少女――
薬葉 依菜里が言った。
「ああ、ハチミツもない。ついでに粉砂糖もだ」
少女の隣に立つ男――
鎮目 悠弥も言った。
どういうわけか。ここのところ、ジャムやハチミツ、粉砂糖といった類の減りが、妙に激しい。しかし、過去の注文をさかのぼって確認してみたところで、これほどまでに消費するとは考えがたい。
ましてや、先述したジャムとハチミツ、そして粉砂糖は、つい昨日、買い出してきたばかりである。それが一晩で、器だけを残して、すっかりと空になっている――明らかに、普通ではなかった。
「イナリ、つまみ食いしてないよ」
「ああ、それはわかってる。けど、こういうときは、自分から申告すると、かえって怪しまれるからな」
悠弥はジャムの瓶を手に取りながら、良くも悪くも素直な依菜里へと、そう返した。
何の変哲もない、イチゴジャムの瓶。そのラベルに手をすべらせ、ふと、悠弥の目に、不可思議なものが映った。
親指の爪ほどもあるか、ないか。そんな小さな赤い手形。少し鼻を利かせてみれば、イチゴジャムが付着したものだとわかる。
「ユーヤ、あれ!」
唐突に、依菜里が大きな声をあげた。幼く小さな指が、まっすぐに、何かを指差している。
不思議に思って、悠弥もまた、指し示された先へと目を向け――そして、空の瓶を取り落としそうになった。
調理台に置かれた鍋の上。そこに、人形のような――小さな少女が座っている。
ころころと、鈴のような笑い声をあげている。
昆虫のそれとよく似た羽根が、ぱたぱたと動いて――
「妖精さんだ!」
どこか感激したような依菜里の声が、開店前のセピアに響き渡る。
目の前で無邪気に笑う不可思議な存在を見つめながら、悠弥はぼんやりと思った。
――今日は、臨時休業だな。
はじめましての方も、そうでない方も、こんにちは。
ゲームマスターの「かたこと」です。
舞台は、旧市街側の九夜山付近にある喫茶店「セピア」。
大正浪漫を感じさせる内装の、古き良き喫茶店です――が、今回はちょっとした異常事態です。
なんと「セピア」に、架空の存在とされる「妖精ピクシー」が現れたのです。それも、どうやら一体だけではなく、複数体が潜んでいるようすで……?
さてさて。それでは、今回のシナリオの趣旨を説明いたしましょう。
今回、皆さまには、この「セピア」に現れたピクシーたちと、ふれあっていただきます。
「セピア」に現れたピクシーたちは、総じていたずら好きですが、人に危害を加えることはありません。甘いものや、香りのいいもの、きれいなものを好む傾向があり、態度は友好的です。
その動機や原因はともかくとして、鎮目 悠弥(しずめ ゆうや)も薬葉 依菜里(くすは いなり)も、ピクシーたちが「書物」から出てきたのだということには、薄々と勘づいています。
皆々さまにおかれましては、ピクシーたちの目的を探ったり、好みを利用して捕り物劇を繰り広げたり、そんなことは関係ないと異種族交流をたのしんでみたり、それぞれ自由な立場で関わっていただければと、思います。
また、今回の「セピア」は、ピクシーたちの対応に追われており、臨時休業となっておりますが、相手は大変ないたずら好きです。ずっと店の中に留まっているとは限りません。
店の近くを通りがかった人にちょっかいをかけたり、不思議な力で「セピア」に呼びこんだりしてしまうかもしれません。
そのため、ご来店のきっかけや理由は、どのようなものでもかまいません。初めての方も、そうでない方も、どうぞ、お気軽に。
それでは、私も喫茶店「セピア」にて、皆々さまのご来店をお待ちしております。
【登場人物】
※鎮目 悠弥(しずめ ゆうや) …… 28歳
ややつり目がちで表情にとぼしいため、誤解されやすいですが、マイペースで心優しい男性です。
数年前、寝子島へと移り住んできました。
現在は喫茶店「セピア」にて、住みこみで雇われ店長兼売れない作家をしています。
作家として活動しているときは、「硯 いろは(すずり いろは)」という筆名を使っており、子どもに夢を与えるような児童文学を好んで書いています。
「硯 いろは」名義の個人サイトでは、寝子島での生活や、お店でのことをエッセイとして綴っているようです。
※薬葉 依菜里(くすは いなり) …… 7歳
寝子島小学校二年一組に通う、明るく元気いっぱいな女の子です。
悠弥を雇った喫茶店「セピア」のオーナー、その孫に当たります。
好きなものは、悠弥が作る和風パフェですが、基本的に甘いものには目がないようです。