九夜山の山頂近く、三夜湖に隣接して今は廃墟と化している遊園地がある。
その名は、寝子島イリュージョンランド。
今もまだ、回転木馬やコーヒーカップ、ゴーカートなどが当時のままに放置され、ただ朽ちて行く姿を晒している。
そのイリュージョンランドに、等身大の少女の姿をしたオルゴール――オート・マタを設置しようという話が持ち上がったのは、二十年前――ここが閉鎖される少し前のことだった。
寝子島住民だけでなく、本土の人々にも夢と幻想の世界を楽しんでもらおうと建設された遊園地だったが、次第に来園者数は減って行き、そのころには観光客はおろか、島の住民ですら訪れる者は少なくなっていた。
そんな中、来園者数アップを狙って企画されたのが、オート・マタの設置だった。
オルゴールというと、小さな箱型のものを想像しがちだ。が、海外では人や動物の姿を模した精巧な人形が、中に仕掛けられた機械によって音楽と共に動く仕掛けのものもあった。
この時の企画では、ドイツの有名技師にオーダーメイドで少女の姿のオート・マタを作ってもらおう、といった案が浮上していた。
だが結局、企画が実行に移される前に金策尽きて運営会社は倒産。イリュージョンランドは閉鎖されるに至ったのだ。
「……私がデザインしたオート・マタが、実際に動くところを見てみたかったな……」
イリュージョンランドが最後の一日を終え、全てが停止した中で。
企画部に所属していた、西園 香はポツリと呟いた。
一人きりの事務所のデスクの上には、スケッチブックが広げられていて、そこには愛らしい少女の姿が描かれている。
長い金の髪と白い頬、青い瞳の、少しだけ憂い顔の少女が。
香はしばらくその絵を眺めていたが、スケッチブックを閉じると、立ち上がった。
それから二十年の歳月が過ぎて。
西園 香が亡くなったのは、先週のことだった。
独身で、シーサイドタウンのマンションで一人暮らしをしていた。
職業は、イラストレーターだった。
死因は癌で、この一年は闘病しながら、仕事を続けていたという。
×××
夕暮れ時。
斑鳩 遙は、寝子島イリュージョンランドの中をゆっくりと散策していた。
どことなくとろりとした春の日差しと黄昏の色が溶けあう中、廃墟の中は時間さえ止まったような不思議な静けさに包まれている。
と。どこからか、かすかな歌声が聞こえた気がして、遙は足を止めた。
眉をひそめ、しばし耳を澄ます。
(空耳か……?)
彼が歩き出そうとした時。
その声は、聞こえた。さっきより、はっきりと。
「……野外音楽堂の方……か?」
もう一度耳を澄まして呟くと、彼はそちらへと歩き出した。
はたして、野外音楽堂にたどり着いてみれば。
舞台の上には十二、三歳の少女が一人。
長い金の髪に白い頬、青い瞳の彼女は、白いドレスの裳裾を引いて、やわらかな声音で歌っていた。
その姿に遙は、なぜか既視感に襲われる。
少し考え、思い出した。
少女の外見が、職場で同僚に見せられたゲームの登場キャラクターにそっくりだったのだ。
見せられたのはCM動画で、タイトルは『Lost Eden』と言った。
人類が滅亡し、廃墟と化した地球で天使と悪魔が闘争を続けているというストーリーの、アクションゲームだそうだ。
そのゲームのキャラクターたちをデザインしたのが、同僚の従妹なのだという。
そして、目の前の少女にそっくりだったのは、『ジゼル』と名付けられた物語のキーになるキャラクターだった。
このキャラクターには、同僚の従妹もかなり力を入れていたらしい。
その従妹、西園 香は先週亡くなり、このゲームのキャラクターデザインが最後の仕事となったのだそうだ。
(……そういえば、その人は、昔はここの企画部に勤めていたって言ってたな)
更に同僚の話を思い出して、遙は胸に呟く。
それはそれとして。
目の前の少女は、ゲームキャラクターではない。
(他人の空似ってやつか……)
胸の中で苦笑して、彼は少女に声をかけた。
「君、どうしてこんな所で歌っているんだ? 一人かい?」
すると少女は歌うのをやめ、彼に怪訝そうな目を向ける。
その目を見返した途端。
「痛っ……!」
突然、こめかみがキリで刺されたように激しく痛んだ。
同時に、キーンと鋭い耳鳴りに襲われる。
だがそれは一瞬のことで。
顔を上げると彼は、小さく息を吐き出した。
そして、気づく。
静寂の中にあったはずの寝子島イリュージョンランドが、潮騒のようなざわめきに包まれていることに。
「……これは……」
彼は、驚きと共にあたりを見回した。
日が落ちて、暗闇が忍び寄り始めたイリュージョンランド内は、明るい光に包まれ、人々の笑いとざわめき、音楽と音に満ちていたのだ。
そう、そこにはこの遊園地の最も輝いていたころの時間が戻っていた。
ただし、よく見れば、行き交う人々や職員らしき者たち全てが、顔立ちも服装も判然としない影絵のような存在でしかなかったけれど。
呆然とただ立ち尽くす遙の目の前で、少女が歌い始めた。
高く澄んだ声で、どこか誇らしげに、堂々と。
しばらくのち。
遙は、自分がここに閉じ込められていることを知った。
入園ゲートは固く閉ざされ、彼が外に出ることを拒んでいる。
遙は再び、ただ呆然とその場に立ち尽くすばかりだった――。
斑鳩 遙さま、ガイド登場、ありがとうございました。
こんにちわ。マスターの織人文です。
今回は、寝子島イリュージョンランドを舞台にしたシナリオです。
参加PCさまは、なぜか過ぎし日の姿となったイリュージョンランド内に閉じ込められることになります。
園内から出るための手がかりは、今のところは野外音楽堂の少女だけのようですが……園内を調べれば、他にも何かわかるかもしれません。
また、なぜこうなったのか、原因を調べれば、園内から出る方法も見つかるかもしれません。
もちろん、行動は基本的に自由です。
純粋に遊園地として乗り物などを楽しんでいただいてもOKです。
なお、園内ではスマホやタブレット、電話などの機器による通信はできません。
また、ゲーム『Lost Eden』について、知っている・知らないは任意に決めていただいてかまいません。
アクションは、「行動を具体的に」「わかりやすく」書いていただけると助かります。
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▼寝子島イリュージョンランドについて▼
九夜山の山頂近く、三夜湖に隣接する廃墟となった遊園地です。
詳しくは、コミュニティ『寝子島イリュージョンランド』を参照下さい。
▼NPCその他▼
【西園 香】
寝子島在住のイラストレーター。
かつては寝子島イリュージョンランドの企画部で働いていた。
先週、亡くなっている。
【少女】
寝子島イリュージョンランドの野外音楽堂にいた少女。
金髪で青い目をしており、白いドレスを着ている。
ゲームキャラクターにそっくりである。
【Lost Eden】
西園 香がキャラクターデザインをしたゲーム。
人類が滅んで廃墟となった地球を舞台に、天使と悪魔が闘争を続けるというストーリーのアクションゲーム。
【ジゼル】
ゲーム『Lost Eden』のキャラクターの一人。
野外音楽堂の少女にそっくりである。
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それでは、みなさまの参加を、心よりお待ちしています。