(――ッ!)
気づいた時、自分は水底に引き寄せられるようにして、ゆっくりと静かに沈んでいく所だった。微かに揺らぐ視界の隅を、透明なあぶく達が踊りながら通り過ぎていく。
――既に水面は、遥かな頭上にあって。其処から射し込んで来る仄かな光へ、
黒依 アリーセは無意識の内に手を伸ばすも――細い指先は虚しく水を掻いた。
『……君は、この場所に呼ばれたんだよ』
何処からか響いてくる声は、不思議と懐かしさを感じさせたけれど、それが誰なのかアリーセには分からない。溺れゆく最中だと言うのに、何故だか自分はひどく冷静で――その内に水中でも息が出来ることに気づくと、辺りを見回す余裕も出てきた。
(ここは、どこ……? 水と光と、音楽……?)
水底から聞こえて来るのは、讃美歌を思わせる荘厳な音楽。それはひとの声のようでいて、錆びたオルゴールの奏でる音色のようでいて――或いは、海の泡が弾ける間際の音のようでもあった。
(綺麗だけど、どこか哀しい)
『うん、その感覚は間違っていない』
まるでアリーセの心を読んだかのように、すかさず声が応じる。ご覧――と声が導く先を見遣れば、水底には白大理石で造られたような聖堂と、その周囲に立つ無数の墓標が在った。
『ここは、思い出の行きつく先。知らずに捨て去り、忘れられた記憶が静かに眠るところ』
けれど思い出たちは、ふとした瞬間に思い出してくれることを夢見ていて。その思い出が強ければ強いほど、彼らは時に『今』を生きる者を引きずり込んでしまうのだと言う。
『君が此処に居ると言うことは、忘れた筈の大切な思い出に呼ばれたと言うこと』
――さあ、と声はアリーセを聖堂へと促した。扉をくぐれば思い出と対面し、それと向き合うことでこの場所から出られる。但し過去に囚われて『今』を見失ってしまえば、自分を形作るものが水に溶け出してしまうかもしれないと言って。
『ひとりで向き合うのが怖いならば、大切なひとと共に向かうのも良い。……さあ、いってらしゃい』
声に背中を押されるようにして、ふわりとアリーセは水底へと降り立った。墓標の森を進み、整然とそびえる階段に素足を乗せて――其処でふと、虚空に向けて問いを投げかけてみる。
(待って、あなたの名前は――)
『ああ、それはね、』
――不意に途切れた声は、それきり聞こえなくなって。
『今』を生きる為に、アリーセは己の過去の記憶と向き合うことを決めた。
柚烏と申します。今回はフリーイラストからイメージをしてみた、水底に誘われた記憶の物語となります。
●舞台の説明
不思議な水中世界が舞台となります。水の中ですが呼吸や会話は問題なく行える、現実感の無い夢のような世界です。何処か懐かしくも切ない、荘厳な讃美歌のような音楽が鳴り響く中、水底には無数の墓標と大聖堂が建っています。
『思い出の行きつく先。知らずに捨て去り、忘れられた記憶が静かに眠るところ』とのことで、聖堂に足を踏み入れると、自分の思い出と対面出来るようです。
※ちなみに冒頭に聞こえた声は、其々が懐かしいと感じるようですが、誰なのかは分かりません。
●シナリオで行うこと
自分の思い出と向き合い、過去に何らかの決着をつけてください。こんな思い出もあったけど、自分は今を生きるから立ち止まれないと前向きな結論を出す。或いは過去のトラウマを「もう自分は昔の自分じゃない!」と乗り越えるもよし。
ただし「ずっと過去の思い出に浸っていたい」みたいな心境になってしまうと、全てが夢のようになって終了して、その過去の思い出と向き合った記憶を失くしてしまいます。
●グループアクションについて
基本はひとりで過去と向き合いますが、グループアクションを行うことで、誰かと一緒に向き合うことも出来ます。グループアクション以外で他の方と絡むことはありませんので、ご注意ください。
●注意点
過去にあった出来事は、しっかりとアクションに記入してください。『過去のリアクション参照』などは反映出来ません。また、シナリオに参加しているPCさん以外の具体的な描写(名前など)は行えませんのでご注意ください(大切な友達、などぼかした表現になります)。
幻想的な世界での、少し切ない心情重視のお話になると思います。それではよろしくお願いします。