二月に入ったばかりのある日のこと。
下校途中の寝子高一年、浜田 美幸はふいに立ち止ると、大きく溜息をついた。
「女の子だったら、やっぱり洋菓子が好きなのが、普通なのかなあ……」
小さく呟いて、唇を噛みしめ、しばし自分の靴のつま先を見つめる。
しばらくして、再び溜息をついて彼女は歩き出そうとした。
が、目を見張って、ふいにまた立ち止まってしまった。
そこは、寝子高近くの
洋菓子店『Raton』の前だった。
寝子高の生徒の多くが一度は来たことのあるだろうこの店に、実は美幸は入ったことがない。
というのも彼女、洋菓子が苦手なのだ。
甘いものが嫌いなわけではない。
和菓子は平気だ。いや、むしろ大好きといっていい。
だが、洋菓子は――。
それは、祖父の影響だった。
彼女の祖父は、木天蓼市内で和菓子屋を営んでおり、美幸は両親の仕事の関係で中学卒業までその祖父の元でくらしていた。
で、その祖父が。
「洋菓子は和菓子の敵だ。あんなもんは、人間の食い物じゃねぇ!」
という考えの持ち主で、彼女は幼いころから洋菓子をいっさい口にすることなく育って来たのだ。
誰もが大好きなプリンも、イチゴの乗ったショートケーキも食べたことがない。
友人の家に遊びに行って出されても、祖父の言葉が頭にこびりついていた彼女は、手をつけようとさえしなかった。
ところが、寝子島に来てできた彼が、バレンタインに彼女が作ったチョコレートケーキを楽しみにしていると、最近になって判明したのだった。
(チョコレートケーキを作るなんて、どうすればいいの?)
たちまち、美幸はパニックに陥った。
もちろんチョコレートケーキなど、食べたこともない。
なるべく洋菓子の店には近づかないようにしていたため、そもそも洋菓子の種類そのものをほとんど知らなかった。
ましてや作るなど、できるはずもない。
とはいえ、楽しみにしている彼を失望させたくはなかった。なので、本当のことは話していない。
おかげでこのしばらくは、何を見てもチョコレートケーキのことを考えては溜息をつく始末だ。
だが――。
『Raton』の看板を目の前にして、彼女の脳裏にクラスメートたちが言っていた、ここのケーキやお菓子は美味しい、という噂が次々に浮かんだ。
ふらふらと、店の入り口をくぐる。
「いらっしゃいませ」
ちょうどカウンターにいた店主の
荒井 景貴が笑顔で声をかけて来た。
彼女はその笑顔に引き込まれるように、カウンターに歩み寄ると、言った。
「あの……洋菓子が苦手じゃなくなる方法って、ないですか?」
「えっと……それは、どういうことでしょうか?」
景貴が、とまどったように問い返す。
「わ、私、洋菓子が苦手で……でも、今度、彼のためにチョコレートケーキを作らなきゃならなくなって……いえ、私も、彼が楽しみにしてくれてるから、作りたいんです。でも、私……!」
美幸は、思わずしどろもどろになりながら、彼に事情を打ち明けた。
話を聞いて、景貴は困ったように首をひねる。
「それは……困りましたね……」
いったい、どんなアドバイスをしてあげればいいものか。
答えに窮して景貴は考え込む。
美幸はそんな彼を、ただ祈るように見上げるのだった――。
荒井 景貴さま、ガイド登場ありがとうございました。
こんにちわ。マスターの織人文です。
今回は、洋菓子店『Raton』の日常を楽しんでいただくシナリオです。
洋菓子が苦手なのにチョコケーキを作りたい女の子、浜田 美幸に協力していただいてもいいですし、客や従業員として、自分の日常を楽しんでいただいてもかまいません。
もちろん、どなたでも参加していただけます。
美幸に協力する場合は、苦手克服法はもちろんのこと、美味しかったり、簡単に作れたりするチョコケーキのレシピを伝授するのもOKです。
その他、行動は基本的に自由です。
◆NPC
【浜田 美幸】
寝子高1年2組に在籍。本土出身だが、進学のために寝子島に来た。
桜花寮でくらしている。
つきあって半年の彼(寝子高生)は、甘党で特に洋菓子が好きである。
なお、洋菓子店『Raton』については、こちらを参照して下さい。
それでは、みなさまの参加を、心よりお待ちしています。