それはある夜のこと──
見た夢の中で、自分は古ぼけた石畳で構成された闘技場の舞台の前に立っていた。
何故自分が此処にいるのか。
状況が理解出来ずに、本当に呆然と立ち尽くす。
すると闘技場の奥から、全身真っ黒の毛並みで赤いにんじんを手に持った、耳を直立にピンと跳ね立たせた一羽の兎が現れた。
驚くべきことに、そのうさぎは燕尾服の上着をしっかり着込んでズボンまでをもきちんと穿いた、二本足で立っている。
「この島は、噂に違わず本当に良い所だね」
うさぎが喋る。
それと同時に──一段高い闘技場の中央に、黒いもやが現れた。
煙状から形を取って、自分と向かい合いに立つように、一人の人型へと成型されていく。
そして行き着いたその先──そこには、何もかもが黒一色で塗り潰されたような人影。
だが、自分には分かった。……鏡を見る時の様なその感覚。
それが──“自分”である事を。
何故か、根拠も理由もないのに、理解が出来てしまった。
うさぎは、マイクの代わりににんじんを持って、言葉高らかに謳い上げ始める。
「きみら人間は、いつも自分への不都合があってもなくても。
『時間っていうマジックアイテム』で古い自分を殺して、殺して。
そこから、記憶と思い出だけ切り離して。
その他を全部腐らせて。
それを元に毎日、新しい自分を創って生きている」
うさぎは、手元のにんじんを堪え切れない様子で一齧りだけしてから、言葉を続ける。
「だけど、ぼくらは知ってる。
腐らせたくても『あまりに酷くて』土に還らなかった、記憶や記録や嫌なことは。
──それらは、ずっと……本人を殺して、その当人に成り代わろうとしていることを」
──いつの間にか、うさぎは気配もなく自分の隣にいた。
ぎょっとして、そちらへ顔を向ける。
うさぎは、こちらにただ視線を向ける闘技場の影を見つめたまま告げた。
「だから、ぼくらは用意してみた。
今みたいに『過去の自分の存在を、【昇華】なんてまやかしで誤魔化して、完全に消してしまいたいきみ』と。
『誰にも認められずに消されかけたままの、過去の憎しみにあふれるもう一人のきみ』──それらを分離できるこの舞台を」
急にうさぎに蹴り飛ばされて、よろけるように闘技場の舞台に足をつく。
瞬間、影が、本当に魔法のように、どこからともなくサバイバルナイフを取り出して、こちらに突進してきたではないか。
自分は慌てて背を向けて逃げ出した。それでも、もう影は襲う事を躊躇わない。
こんな意味不明の戦いなど冗談ではない──
しかし、自分は何度も何度も逃げ続け……ついに、この目に入る敷地一面を取り囲む壁を見て静かに悟った。
これは夢に違いない。だが、戦わなくては夢は覚めない。生きてここから出られない。
「きみらは、『成長』って力でそれを乗り越えたんだろう?
どうかそれを見せておくれよ。
もしそれがほんとなら。この世界にいる今のきみは、襲ってくる過去のきみよりずっと強いはずなんだ。
間違いないよ? ぼくたちが、この夢を『そういう風に創った』んだから」
うさぎはその言葉を最後に、その姿を消した。ただ声だけが響いてくる。
影は言葉を話さない──説得は無理そうだ。
世界はいつの間にか、蒼天の荒野へと変化していた。
自分は、最後の賭けだと覚悟を決めて、武器が出るのを念じた。使い方なんて分からないけれども、出てきたのは拳銃を一丁。
重たいのにおもちゃのようで、引き金を引くだけで弾は出る、とどこかで確信していた。
この拳銃に、安全装置なんてついてない。何しろ自分が、解除の仕方なんか知らないから。
……恐らく、この単純なイメージのシステムこそが『この世界のルール』なのだと理解した。
だからこそ──過去と今とを比較して、自分が本当に過去に打ち勝っていれば、力負けをする事は決して無い、と。
「(つまり、これでもし勝てなかったら……それは自分が当時と、何一つ変わっていなかった、という事なんだな──)」
自分は、心のどこかでそう感じながら、向かってくる相手に、躊躇い無く引き金を引いた。
「さぁ、どうか見せてよ。
過去の自分と、今生きてる自分とが頑ななまでに向き合える、その念願の『コロシアイ』
ああ、きっとにんじんが美味しいんだろうなぁ」
──胸に残り続ける憎しみに満ちた昔の自分と、
今こうして必死に生きてきた自分の重さを秤に掛けて。
さあ、どうぞ全力で殺しあってください──
初めまして、こんにちは。この度MSを勤めさせて頂きます冬眠と申します。
この度は、少し尖ったシナリオを出させていただきました。
今回は平和ともほのぼのとも、かけ離れて御座います。
お手数では御座いますが、下記状況ならびに記載注意事項の御閲覧を、何卒宜しくお願い致します。
状況
▼現状
ほんの少し繋がった世界から、悪食のうさぎがやってきました。
好物は、『苦しみと成長で味付けされた生にんじん』
それを食べたいが為に、人の夢の中に堂々と現れました。
その人を『過去の苦しさと憎しみだけを残した自分』と、『今現在の通常の自分』に分けて、
生き残った強い方を味付けにして、にんじんを美味しく食べようと思っています。
▼時間について
・深夜の自室。参加者の方が寝静まった瞬間となります。
▼場所について
舞台は夢の中、石畳が張られた円形のリングの上。
ただし、戦場となるリングの中は、一度中に入ってしまえば、街中、倉庫、豪華邸宅とその参加者様により異なり、広さも変わります。
脱出を図ろうとも、周囲は高い壁に囲まれており相手を倒すまで脱出は不可能です。
何が出来るのか?
心に引っ掛かっている、人によってはトラウマレベルで残り続ける『不満や葛藤で何も見えなくなったもう一人の自分』と向き合い、戦う事が出来ます。
勝てば、目を覚ました時に少しすっきりし、負ければ一日その不快感に支配されます。
※今シナリオの夢の中に限定して、影・もしくは自分に『死亡判定』が発生致します。他シナリオ参加時には適応されません。
▼どうやったら目を覚ませるのか?
基本的に、お互いのどちらかが死ぬか、どこかに姿を消して隠れているうさぎを何とかする事で目を覚ます事が出来ます。
▼影の強さは? 説得は可能?
参加者様の、一番心に残る不快感の塊がそのまま強さに直結しています。
その為、一度でもそれに向き合い、乗り越えていれば、相手の方が弱くなり、見て見ぬ振りをしていた場合には、参加者様より強くなる可能性が御座います。
影に説得には応じず殺意の塊です。逃げ続ける事は舞台によっては可能ですが、逃げ続けますと疲労後に見つかる事は十分に考えられます。
▼武器・防具は? 誰にでも扱える?
手・腕で持てる範囲での殺傷能力のある武器・防具は願うだけで何でも瞬時に装備され出てきます。
ただし、敵は過去の参加者様の思い自身であり、過去の自分が賢ければそれに合わせた武器を切り替えてきます。
相手も使用可能であれば、状況に応じてろっこんを使用してきます。
※こちらは基本アドリブとなりますが、ご希望の方は是非使用の旨をお書き添えください
それでは、よきコロシアイを。