年末も近いある日の夕方。
島田 かなえと篠崎 悠香の二人は、古い線路の傍に立ち、あたりの景色を見回していた。
ここはかつて、寝子電『寝子島駅』からロープウェイの『登山道入り口駅』までをつなぐ予定で工事を始めたものの、採算が取れる見込みがないとして、途中で放棄された廃線だった。今はすっかり草におおわれ、寝子島住民の間でも知る人ぞ知る場所となり果てている。
「かなえ、よくこんな場所、知ってたね」
「中学の時、この近くで道に迷って、たまたま見つけたのよ。……昨日、アルバムの整理してて、そういえば悠香って廃墟みたいなの好きだったなあって思い出して」
小さく吐息をついて言う悠香に、かなえが笑って返す。
「うん。……本当に、思い出してくれてありがとうって感じよ」
うなずいて言うと、悠香は再び周囲の景色に目をやった。
そんな悠香を見つめるかなえの瞳は、冷たく暗い。
(悠香、そんなふうに笑っていられるのも、今のうちよ)
心の中に、かなえは呟いた。
かなえと悠香は、大の親友だと、周囲は思っている。いや、悠香自身もきっと、そう思っているだろう。
二人は共に、寝子島高校の一年生だ。クラスも同じで、桜花寮でも同じ部屋になった。部活も、かなえは悠香に誘われて一緒に写真部に入った。
毎日、朝から晩までほとんど一緒にいる。
悠香は、おっとりしていて誰にでも優しい。そのせいか、男女関係なく好かれていて、クラスでも部活でも人気がある。
対してかなえは、思ったことをはっきりと口にする方なので、嫌う人も多い。
もっとも、かなえ自身はつい口に出してしまったことをあとで後悔して、くよくよ悩むことも多かった。ただ、意地っ張りな面があるせいで、それについて相手に謝るということができない。
それもあって彼女は、いつしか悠香に憧れと妬みと苛立ちという、相反した感情を抱くようになっていた。
それが殺意に変わったのは、クリスマス前のことだ。
イブは部活の仲間や友人たちと過ごして、クリスマスは二人で島外で行われるコンサートに行く約束だった。
その約束を、悠香が断って来たのだ。
同じ部の先輩に告白されて、一緒に過ごすことになったからと。
その相手の名前を聞いた時、かなえは頭の中が真っ白になった。その人は、以前からかなえがひそかに想いを寄せていた先輩だったから。
「……ごめんね、かなえ。かなえとの約束の方が、先だったのに」
「ううん、いいのよ。親友の私が、悠香の初デートを邪魔するわけには、行かないでしょ」
すまなそうにこちらを見やる悠香に、かなえは平気なふりをしてかぶりをふった。だが、頭は激しく痛んで、胸の奥は石を飲み込んだかのように重く、苦しかった。
クリスマスには一人で予定どおりコンサートに行き、寮に戻ったあとは、楽しかったと殊更、陽気にふるまった。
けれども、頭痛はひましにひどくなり、胸は息をするのも苦しいほどだった。
冬休みが始まって、実家に帰ったものの、それは少しも変わることなく――ある日ふと、思ったのだ。
(悠香さえいなければ、こんな思いをすることはなかったのに)
と。
そのあとは、まるで雪だるまのように、彼女の中で殺意は膨らんで行った。
計画を練り、場所を探した。
ここを見つけたのは偶然だったが、廃墟好きの彼女なら、きっと何も疑うことなく一緒に来るだろう。そう思った。
「あの森の中にも何か、古い建物があるのを見た記憶があるわ」
かなえは言って、北側の森を指さす。
建物があるというのは、彼女の嘘だった。そちら側はまっすぐ進むと崖がある。崖の周辺は、丈の高い草が生い茂っていて、一見するとその先にも道が続いているかのようだ。だが、実際にはかなりの高さがあって、足を踏み外せば下に真っ逆さま。確実に命を失うだろうと想像できる。
「ほんと?」
しかし悠香は、疑うことすらせず、そちらへと駆け出す。
かなえは、その後ろをただ黙ってついて行った。
+ + +
ちらちらと雪が降り始めた空を見上げ、
楢木 春彦は白い息を吐き出した。
あたりはすでに、夕暮れ時だ。
彼は、人気のない廃線の向こうを見やって、困ったように頭を掻く。
(特別変わったとこはない、ただの廃線だよなあ……)
胸に呟き、彼はもう一度吐息をついた。
一週間前、彼は散歩をしていて、この廃線に迷い込んだ。
あの時もちょうどこんなふうに、雪がちらついていて、面白半分に古い線路をたどっていた彼は、途中で寒くなって帰ったのだった。
ところが、その翌日。
目覚めると、おかしなことが起こっていた。
朝の天気予報やニュースは、全て前日と同じものを放送している。いや、そもそもアナウンサーたちが口にする日付自体が、昨日のものだ。
それでも最初は、誰かにいたずらでも仕掛けられているのだろうかと思ったものだ。だが、ぼんやりテレビを眺めていると、朝の情報番組で司会者の女性アナウンサーが、昨日見たのとまったく同じことを話し始め、しかも同じ個所で何度も噛んで、他の出演者にフォローされるという、これまた昨日とまったく同じ場面に出くわした。
(……もしかして、昨日を繰り返してるのか?)
そのあたりで、ようやくそんなふうに思った彼は、首をひねりつつも自分以外にもこんな状況に置かれている者が、いるのだろうかとまずはネットで検索してみた。
その結果、「昨日と同じ日を繰り返している」との呟きや、掲示板の書き込みをいくつか拾うことができた。
ただ、それらの呟きも書き込みも、それほど多くはなく、大きな騒ぎになっているというわけではなさそうだ。
いったいどういうことなのか。
訳がわからないままに、春彦はその日を過ごした。
だがその翌日も、目覚めるとやはり同じ日が続いていた。
次の日も、そのまた次の日も、テレビをつけるとアナウンサーたちは同じニュースを読み上げ、同じ天気予報を告げる。情報番組の女性アナウンサーはまったく同じ話をして、同じところで何度も噛んだ。
(いったい、何がどうなってるんだ? しかもこの状況に陥ってる奴と、そうでない奴がいるみたいだぞ)
一週間が過ぎるころ、彼はかなり混乱しつつも、ふと思った。だって、もし本当に誰もが同じ日を繰り返しているなら、もっと大騒ぎになっていて、いいはずではないか。
そこでようやく、何か原因があるに違いないと考え、その日の行動を思い返してみた結果、この廃線のことを思い出したのだった。
だが、こうして実際に来てみても、特別何があるわけでもない。
(……やっぱり、俺の思い過ごしか)
小さく肩をすくめると、春彦はそのまま踵を返して、立ち去ろうとした。
その瞬間。
「つっ……!」
こめかみに鋭い痛みを覚えて、彼は思わずうずくまった。
その脳裏に、廃線を歩いて行く二人の少女の姿が鮮やかに浮かび上がる。その姿はすぐに消え、続いて頭の中に閃いたのは、少女の事故死の記事だった。ちょうど彼が今いる場所の北側にある崖から転落したというもので、しかもその少女の顔は、最初に浮かび上がった少女たちの内の一人のものだった。
(な、なんだ、これ……!)
仰天する春彦だったが、ほどなく映像は消え、痛みは嘘のように去った。
よろめきながらも立ち上がり、春彦はやはりこの場所が、ループする日々に関係があるに違いないと確信した。
(さっきの少女たちのことも、調べてみるか)
胸に呟き、彼は廃線をあとにした。
こんにちわ、マスターの織人文です。
まずは、楢木 春彦さま、ガイドへの登場ありがとうございました。
巻き込んでしまい、申し訳ありません。
不参加の場合は、夢だったということで大丈夫です。
今回のガイドは、ループする一日の原因を探り、それを取り覗いて日常を取り戻すといったものになります。
=== 以下は、PLさま情報です ======
●ループ現象について
ループする一日は、誰にでも起こっているわけではなく、参加PCさまにのみ起こっている現象です。
問題の日の夕方、廃線やその近くにいたために、起っています。
原因は、かなえによる悠香殺害で、これを止めることができればループ現象はおさまります。
なお、基本的には本来その日に起こったとおりのことが繰り返されます。
例)天気やニュース、その日の家族や友人の言動等。
ただ、参加PCさまの周囲の人の言動などは、PCさまの働きかけによって、変わる可能性もあります。
また、少女に関する映像が脳内で再生される体験は、する人もいればしない人もいます。ので、任意で設定していただいてかまいません。
●悠香殺害について
悠香は、かなえによって崖から突き落とされ死亡しますが、事故死扱いになっています。
かなえが自分で救急車を呼び、悠香が誤って崖から落ちた、助けようとしたが間に合わなかったと話したためで、周囲は誰も彼女の言葉を疑っていません。
事故のことは、夕刊やネットのニュースなどで小さくですが、報じられています。
なお、この行為も天気やニュースなどと同じように、ループしています。
●アクションについて
自由に行動していただいて、OKです。
悠香殺害を止める以外にも、たとえばかなえの行動を助けたり、悠香に事前にかなえの企みを教えるなどしても、問題ありません。
●登場NPC
【島田 かなえ】
寝子島高校1年1組。桜花寮生。
はっきりものを言うくせに、あとになってそれを後悔したりする性格。
悠香に、憧れと妬みの両方を抱いている。
【篠崎 悠香】
寝子島高校1年1組。桜花寮生。かなえと同室。
おっとりしていて、誰からも好かれている。
写真部員で、廃墟好き。かなえの友人。
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それでは、みなさまの参加を心よりお待ちしています。