●図書館の泥棒
旧市街の一角、森繁美術館に比較的近いあたりに2階建ての古い図書館がある。
とある休日の午前中、図書館の周辺では騒ぎが起こっていた。
「……騒がしいな。なにかあったのか?」
弓弦原 譲が不愉快げに目を細めた。
「図書館に泥棒が入ったみたいだよ。怖いよね」
彼の呟きを聞きつけ、アホ毛の少女が疑問に答えた。怖いと言いながらも、
野々 ののこはいつものように明るく笑っている。
譲は彼女を見て再び切れ長の目を細めた。なれなれしい奴は苦手なのだ。ののこのほうは、およそ誰かを苦手にすることはなさそうだったが。
「泥棒?」
「そうみたい。夜の間に、誰かが書庫に入り込んで、荒らし回ってたんだって。棚がめちゃくちゃになっちゃってるらしいよ」
いったいどうして、図書館などに盗みに入ったのだろうか。
読書家の譲であるが、少なくとも貴重な古書の類を見た覚えはない。もっとも、別に蔵書のすべてを把握しているわけではないので、彼が知らないだけかもしれないが。
「……少なくとも、今日は読書どころじゃなさそうだな。せっかくの休日だってのに」
図書館で読書にいそしむ当ての外れた譲は、これからどうしようかとため息をついた。
2階にある閲覧室や自習室で勉強することならばできそうだが。
「なんかね、今日の朝、怪しい人が商店街のほうに向かって急ぎ足で歩いてたのを見たらしいよ。もしかしたら、その人が犯人だったのかもね」
怪しい男は目深に野球帽をかぶって、やたら周りの目を気にしていたそうだ。
これがミステリなら、素人探偵が怪しい男を追いかける場面だろう。気が向いたら、そうしてみてもいいかもしれない。
「わかったわ。その怪しい男が犯人ね!」
金髪の美女が言い切った。
彼女は寝子島高校ミステリ研究会の
ブリジット・アーチャーである。
面白そうなことには首を突っ込みたがる性格の彼女である。もっとも、飽きっぽい彼女のこと、他に面白そうなことを見つければそちらに首を突っ込みにいくかもしれない。
「い、いえ、そうと決まったわけじゃないですけど……」
困り顔をしている図書館の職員は慌ててブリジットをなだめる。
メタルフレームの丸眼鏡をかけた職員のネームプレートには網岳と書かれていた。いかにも本好きといった雰囲気の、真面目そうな女性である。
犯人の心当たりを聞かれて、網岳は昨日古い本を探しに来た男のことをブリジットに語ったのだ。
三十路前後と思われる濃紺のジャケットを着た男は、妙に落ち着かない様子で書棚の本を食い入るように見ていたらしい。
金色の鎖が胸ポケットから出て、襟元にフックで引っかけていた。
絵の具の匂いがしたのが印象的だったという。仕事か、趣味かで絵を描いているのかもしれない。
「でも、昨日その男が探していた本は結局見つからなかったのよね?」
タイトル不明の洋書であるらしい。黒革の表紙に、金色の幾何学模様が施されており、金の留め具がついているという。見れば一目でわかりそうな本だ。
「ええ……少なくとも私は、その方がおっしゃってたような本をここで見たことはありません」
同じことを男にも言ったところ、舌打ちをして去っていったのだという。
「……ただ、その時は忘れてたんですけど、もしかしたら地下にある書庫にしまってあるのかもしれません」
「書庫? ここにある本が全部じゃないの?」
「はい。あまり読む人がいない本をしまっておくための、倉庫みたいな場所なんです。もう何年……ううん、何十年も整理されてないから、どこになにがあるかわからなくなってるんですが」
乱雑に本が置きっぱなしになっている倉庫は、地上の書庫よりも多いほどの本があるという。
「本の正体にも興味を惹かれるけど、探すのは一苦労ね……」
「そうですね……私も含めて、職員はみんな見て見ぬ振りをしてるくらいですから」
網岳は散らかった書棚に目をやった。犯人は、目当てのもの以外はどうでもいいと考えていたのだろう。床に本が散乱し、整然と並んでいた本はぐちゃぐちゃに並べ替えられている。
「あっちは見て見ぬ振りはできないですけどね……寝子島高の生徒さんに頼んでみてくれるっていう人がいたんですけど、誰か来てくれるかな……」
図書館の職員は、大きくため息をついた。
その頃、英語教師の
島岡 雪乃が道を行く寝子島高の生徒に声をかけていた。
「お願いがあるんです……図書館の片づけを手伝ってくれませんか?」
生徒たちにさえも丁寧な言葉遣いで頼んでくる。
雪乃が頼まれると断れないタイプであることは、寝子島高の生徒なら知っていることだ。どうやら、荒らされた図書館をどうにかできないかと相談されてしまったらしい。
「職員の方だけじゃ片付けられそうもない状態らしいんです。もし、今日予定がなかったら、助けてあげてくれませんか?」
直接お金は出せないものの、手伝ったらお茶やお菓子を振る舞ってくれるという話だ。
お人よしの雪乃は、手伝ってくれる人を探し続けていた。
●マスターコメント
はじめまして、青葉桂都(あおば・けいと)です。
今回は、図書館が荒らされた事件に関わっていただくシナリオを用意いたしました。
ちなみに図書館は地図上でK-6のあたりにあります。
色々な切り口で関われるように、いくつか選択肢を用意しています。
『素人探偵を気取って怪しい男を追ってみる』『地下の書庫を探検して、謎の本を探してみる』『図書館の片づけを手伝う(お茶会つき)』が主たる選択肢になります。
もちろん、単純に図書館でキャラクター同士の交流を楽しみたいという方も歓迎です。
それでは、ご参加いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。