貴方の声が聞けるなら｜リアクション

貴方の声が聞けるなら

　　【貴方の○○はどこですか？】
　
　『それでは、お代に貴方の声を頂きます』

　その声が鬼河内萌に響いても、霧の空間には何の変化も現れなかった。
　濃霧の、逆に音が聞こえてきそうな静けさだけがそこにはあった。
　「あれ？　おかしいなぁ」
　兎が全く不思議そうではなさそうな顔で、小首を傾げる。
　そこに、
　「(ボクは鬼河内萌。キミの名前は？)」
　声が出ない事など些細な事だとばかりに、挨拶代わりに傍の兎に抱きついた。
　「(ボク、今は大好きな人はいないよ。……むしろキミの事を知りたいな～)」
　そう思いながら、兎の首から顔に掛けて頬を摺り寄せながら存分に毛並みを堪能する萌。
　「(キミは誰かの声を届けているみたいだけど、キミ自身が言いたい事って有る？　ボクはキミが思っている事を聞きたいな)」
　兎は両手に持ったにんじんを放さないように身を捩る。
　「困るよ、僕はにんじんを如何に美味しく食べられるかに情熱を傾けているんだから」
　「(もうっ、夢が無いなぁ！　ここは『僕の名前はラビ。この世界の霧を払う為、皆の声の力を貰っているんだ』くらい言ってくれないと、魔法少女ピンキーモエの出番がなくなっちゃうでしょーっ！！)

　「じ、実はその通りなんだよ。
　僕の名前はラビ。
　この世界の霧を払う為、皆の声の力を貰っているんだ。僕は夢の世界に囚われていて、無理やり人の声を奪うように仕向けられていて……」

　「(やっぱり！　それじゃあやっぱりここはピンキーモエの……！」
　「──そんな訳ないじゃない。
　僕はただ美味しくにんじんを食べたいだけなんだよ」
　「(やっぱり～～～っ！)」
　心の中で絶叫する萌。　
　しかし兎は、こう言葉を続けた。

　「この霧は疑念。何があるか分からないまやかしの為の舞台。
　人はここで、聞きたかった人の「声」を聞く。大好きな人の声がするのに、声を取られて返事もできず、心に応えられているような気がするけれどもそれも錯覚。
　ウソかホントかそれすらも分からない、そんな世界で。

　君はどうして『そんな、どうでもよさそうにしているの？』　
　後悔は？　人への怒りは？　憎しみは？　悲しみは？　
　人が当たり前に持っている感情が、どうしても君には見つからないよ」

　「(…………え……？)」

　「これじゃにんじんを美味しく美味しく食べれないよ」
　兎は抱えていたにんじんを一口軽く齧り、酷く渋い顔をした。
　「もう朝だし、夢から出してあげる。君がいても僕にとってはいい事のない世界だから」
　兎は小さな手の平を、萌の手に乗せてそう告げた。
　歩き始める兎の後に、困惑した様子の萌がついて行く。

　「最後に、何の意味もない声を犠牲にした代わりに教えてあげる。

　僕は『この濃霧そのもの』なんだ」

　萌が驚いて兎を見るのと同時に、天井から明るい光が差すように濃霧を溶かして目に見える全てを消し去った。

　萌が目を覚ますと、いつも通りの朝だった。
　朝日が眩しい。洗面台に向かって顔を洗おうとした時、萌は初めて自分の頬に、原因不明の涙の跡があることに気がついた。

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