春の夜の悪夢｜リアクション

春の夜の悪夢

　深夜の仕事からの帰り道。
　あともう少しのところでアパートへ……というところで。
　真境名アリサは妙な気配に気づいた。

　不安を振り切るように背後を振り返る。
（……誰もいない）
　アリサは足早に歩いた。
　だが気配は消えない。
（まただ……何かがあたしの後をつけてくる）　

（ストーカー？）
　水着ガールズバー「ジュエル」のキャストであるアリサが、そういう輩に出くわすことはままある。
　普段から警戒はしているけれど、どんなに警戒しても……やつらは隙を突いてくる。
（過去に店を出禁になった奴か？　店とは関係のないところで出会った、一夜のお遊びの相手か？）
　あれこれ考えても、姿が見えなくては判断できない。

　とにかく足を速めた。
　そして不意を突くように振り返る！
　しかし、やはりそこには誰もいなかった。
「アンタ、こそこそしてないで顔出しなさいよ！」
　あくまで強気に怒鳴る。
　声に恐怖がにじんでは相手の思う壺だ。
　姿を見せ近づいてくればやりようはある。
　身を守る術なら覚えがある、けれど。

（まるで「だるまさんがころんだ」みたいだ。でもこいつはそんなのんきなものじゃない）
　このままでは反撃のしようがない。
（クソ………あたしをからかって楽しんでるのか？　だが悪ふざけにもほどがある）

　アリサは走り出した。
　脚力には自信がある。
（これでも普段から自慢のプロポーションを維持するためにトレーニングを欠かしたことないんだから！）
　短距離だけでなく、長距離を走るだけのスタミナもあるのだ。

　だが。
　その妙な気配はついてくる。
（嘘……これに息も切らさずついてこれるって、アスリート？　それとも……）
　段々アリサは恐怖に駆られてきた。
（人間じゃない、ってことはないわよね……）
　一番怖いのは生きてる人間だ。夜の仕事をしてると、どうしたってそう思わざるを得ない。
　けれど。

（いつになったらこのイタチごっこは終わるんだ？）
　そしてアリサは気づく。
（アパートが見えない……もう少しだったはずなのに？）

　ハアッ。
　その時、背後で男の息遣いが聞こえた。
　こちらに手を伸ばしてくる！
　気配を感じると同時に飛びのいたアリサは……
　ついにその姿を目にし、悲鳴を上げた――

「キャーッ！」
　自分の悲鳴に、アリサはガバッと起き上がり我に返った。
「あれ……」
　いつの間にかアパートの自室で、ベッドの上にいたのだった。
「なんだ……夢？」
　全身汗が噴き出るのを感じながら、アリサは胸を撫でおろす。
「よかった……」　
　リアルな夢だった。
　だがこんなことでいちいち怯えていては夜の仕事など勤まらない。
「体を動かせばこんな夢忘れられるわ」
　まずはシャワーを浴びて腹ごしらえしよう、とアリサは立ち上がるのだった。
　

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