電車でいい旅！｜リアクション

電車でいい旅！

　土曜日。
　ヴァイオリニストの深林真瞭は、前日のソリスト（独奏者）としてのコンサートのため大阪にいた。
　コンサートは盛況のうちに無事終わり、土日はオフだ。
「京都と奈良をめぐることにしましょう。晴れて良かったわ」
　東京出身の真瞭は、そう考えて下調べをしてきた。
　宿泊先のホテルをチェックアウトすると、その足で最初に向かったのは近鉄の難波駅。
　空港に向かう特急も出ている大きな駅だ。
　そこから発車する奈良行きの近鉄特急へ向かう。

「鉄道の日のキャンペーン？　そういう日があるのね」
　売店で飲み物でも買おうとしたら、そんな幟が目に留まった。
　何かオリジナルのグッズが売られてたり、抽選でプレゼントがもらえるらしい。
（特にこういう企画に興味はないのだけれど、好きな人は嬉しいんでしょうね）
　そんなことを思いながらペットボトルのお茶を買った。

（近鉄特急にはお伊勢参りの時に乗ったけど、なかなか快適よね）
　近鉄特急はすべて指定席だ。
　隣は空席で、気を使うこともなく。
　最初は地下を走り、それから地上に出て……ペットボトルのお茶を飲みながら、窓際の席で秋晴れの日差しを受ける。
　それがなんとも心地良くて……特に疲れていたつもりはなかったけれど、電車の揺れと共に、ついうとうとして眠ってしまった。
　長い黒髪をシートに預け幸せそうに眠る真瞭の姿は、まさにスリーピング・ビューティであった。
「次は終点、近鉄奈良に……」
　アナウンスが聞こえてきて目を覚まし、周囲を見回す。
（ん……つい寝ちゃってた）
　渇いた喉を潤し、髪を整える。　
（電車で窓際って、もう反則よね……特に春や秋の穏やかな日差しって完璧に癒し効果のある睡眠誘導装置としか思えないんだよね）
　ぼんやりとそんなことを考えているうちに、特急は奈良に到着した。
　
　電車を降りた時、スマホが震えた。
「誰かしら」
　差出人を見てみると、友人の深倉理紗子からだった。
「りさちん？　珍しいわね、今日は休みなのかしら」
　総合病院の勤務医である理紗子はいつも忙しく、休みが取れたとしても家で休養していることが多い。
　だが開いたメールには、海賊船が浮かぶ湖の写真があった。
『芦ノ湖にいます』
　そんなメッセージが添えられていた。
　微笑ましく眺めながら、は思いをめぐらす。
「私はどこの写メを送ろうかしら？」
　駅のホームでは味気なさすぎる。どうせなら驚かせるくらいのインパクトが欲しい。
（奈良公園の鹿の写真？　それとも法隆寺の五重塔？）
　考えると楽しくなってきた。
　理紗子と二人で一緒に旅行できたら良かったけど、同じ時間に別々のところを旅しているのもこれはこれで面白いかもしれない。

　写真だけじゃなく理紗子にお土産を買っていこうかな、と真瞭は思いつく。
（まずは奈良公園で鹿の写真を撮りましょう）
　予想以上に楽しい旅になりそうだった。
　

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