泉の女神様｜リアクション

泉の女神様

　響タルトはお気に入り作家のBL同人誌を手に入れ、ご機嫌だった。カバンを肩にかけているが、嬉し過ぎて同人誌は腕に抱えている。
「うー、早く読みたい！」
　ふと気づいた。足元に小さな泉が湧いていたのだ。
「！？」
　動揺したせいで、同人誌を泉の中へと落としてしまった。
「うあーんっ、僕の薄い本！」
　手を伸ばすが、吸い込まれるように沈んで行ってしまった。
　まさか、水の中に落とすなんて。
　しかし、水の中から白い布をまとった、金髪ロングヘアの綺麗な女性が現れた。
　タルトは目を瞬かせる。
「私は女神です。落とし物はこれですか？」
　見せられたのは先ほど落としたBL本。
「おおっ、そう、そうだよ！」
「お返ししましょう」
「女神様、ありがとう～！」
　受け取ろうとすると女神様が手を引いた。
「って、返してくれないの？」
「ふふ、私との鬼ごっこに勝てたら」
「いい本だからお勧めだけど、僕まだ読んでないよ～！　読みたいなら一緒に読もうよ♪」
　女神様はぴくりと眉を動かした。
「話を聞いて頂けませんか？」
「要は先に読みたいから貸してってことでしょ？　でも僕も早く読みたいんだよね」
「違います。追いかけっこをして、あなたが勝てたら、です」
「追いかけっこで勝った方が先に読む……ってことだね？　オッケ。ちなみに女神様はどんなカプが好きなの？」
　女神様は頬を赤らめてそっぽを向いた。
「わりとおじ様×若者系が」
「あ、それ良いよね♪　若者が攻めで」
「それより、追いかけっこです」
　女神様は宙に浮いた。すると地面に現れた泉が消える。
「スタートです」
　女神様が低空で飛行しながら勢いよくタルトの横を通り過ぎていった。
「あ、待ってー」
　女神様追いかけると、前方に泉が現れた。その中へと沈んで行ってしまう。
「ちょっと、本が傷むからそれはやめてよ！　あわわ、どうしよう」
タルトは水に入るとろっこんで猫になってしまう。
「そうだ、他のお勧め本を紹介するよ！」
タルトはカバンを開けて、同人誌を取り出した。それらを泉の周りに積み上げて行く。
『にゃんこ系男子の初恋』『俺様社長の憂鬱』など、表紙はいずれもイケメン男子が絡み合っている。
「ねー、薄い本について語ろうよ～」
「あーもうっ、やめて下さいっ」
　顔だけ出した女神様は顔を真っ赤にしていた。
「やっと出てきたー」
「もうっ」
　女神様は泉から飛び出て、
「さぁ、探してみなさい」
　すぐに逃げて行った。
「返してくれないなら僕にも考えがあるよ！　罠を張ってやるんだから」
　積み上げたBL本を素早く鞄にしまう。
「どんな罠が良いかなぁ。星幽塔の時みたいに大きな籠の中にBL本を……いや、ロープの輪に足を入れて吊り上げる……そうだ！」
　タルトは寝子ヶ浜海岸へと急いだ。海の家が出ているし、罠用の道具も手にはいるかもしれない。
　途中で瀬莉に会ったが、少し話してすぐに分かれた。どうやら女神様は二人いるらしい。
砂浜に降りると、予想通り海水浴客で混み合っていた。
　タルトは隅の方へ移動し、海の家のそばに落ちていた大きな籠と流木で罠を作ることにした。流木にロープを結び、籠の中にBL本を仕掛ける。
「できたーっ！　こうやって」
　タルトはロープを持って、海の家の陰に隠れる。
「くう、一体どこに……」
　海水浴客を避けて、近づいてきたのは女神様だった。
「一体なんなんですか、あの人間は。……あら？」
　女神様は首を傾げた後、砂浜に足をついた。籠の下のBL本に手を伸ばす。
「今だっ」
　ロープを引いて、流木を籠の下から抜く。その結果。
「きゃあああっ」
　見事に籠に挟まれたのだった。
「やったぁ、捕まえた！」
「ちょっと！　捕まえるなら完全に籠の中に入れて下さいよっ、挟まれてますから！」
「今、助けるよ♪　でもその前に、はい、捕まえた」
　タルトは満面の笑みで女神様の肩に触れたのだった。

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