まだあったんだ。
というのが、
風の精 晴月の頭に最初に浮かんだ言葉だった。
六月もすでに末だというのに。梅雨の時期はいつの間にか終わって、このさき一週間はずっと快晴の予報だというのに。
それでもまだ吊るされているのだ。鯉のぼりが。
役所から自宅への道すがら、たまに通る道脇で晴月は見た。
黒い真鯉に赤い緋鯉、青と緑の子どもたち、四尾家族の鯉だった。さらに一番上の吹き流しまでそろって、風がないせいかぐったりと垂れ下がり、うなだれているようにも見える。長く雨にさらされて薄汚れ、くたびれ果てているのではと思えてならない。
もう今年の役目は終わりなんだよね? 休ませてあげればいいのに……。
せめて泳がせてあげようと、晴月はとっさに右手を振り上げた。
風を起こして鯉のぼりさんたちを元気に泳がせる、というつもりだった。どうせなら自分も飛んで、一家と並走ならぬ並遊泳なんてのも──。
「……」
苦笑いして、上げた腕を下ろす。
忘れてた。
私はもう、風を起こすことはできないんだった。飛ぶことはもちろん、そよ風のひとつだって、呼ぶことはできない。
だって私は風の精じゃなくなったから。
晴月は風の精。
でも、八幡かなえは人間。
だから。
「ごめんね、鯉のぼりさん」
泣き顔のような笑顔を浮かべ、晴月は先を急ぐ。
歩きながら晴月は両手を丸めた。
くよくよしても仕方ない、と自分に言い聞かせる。
だって明日は、木天蓼大学に連れてってもらえるんだもん!
晴月は拳で、左右から頬をぐっ、ぐっ、ともんだ。
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トールグラスのアイスティーは、夕焼け空のような琥珀色。積み上がった氷が溶けて、カランと涼しげな音を立てる。
保護猫カフェのソファ席だ。足元にすり寄ってきた三毛をつま先であやしながら、
愛猫 萌々子はストローで氷をくるりと回した。
「水無月祭?」
万条 幸次は、膝に乗ってきた灰色の猫をなだめながらうなずく。いつもはバイトとして働いている店だが、今日は客として萌々子とのデートを楽しんでいる。
「うん、木天蓼大学の学園祭。毎年六月の最終週にあるから水無月祭って呼ばれてるんだよね」
「行きます」
間髪入れずの返事だった。
「即答だねぇ」幸次は思わず笑ってしまう。「まだ何も説明してないんだけど」
「ふふっ、失礼しました。ではどうぞ」
「十一月にはもっと本格的な学園祭があるんだけど、水無月祭も結構にぎやかなんだって。新入生歓迎会みたいな位置づけで」
「行きます」
「ありがとう。でもあとちょっとだけ説明が」
「ごめんなさい。幸次くんとマタ大に遊びに行けるってだけでもう、私のなかに『行きます』以外の選択肢はないみたいで……」
苦笑しつつ幸次は、猫の顎を指先でかいてやる。
「模擬店とか、演劇部の公演とか、有名なアーティストを呼んだりもしてね。将来のマタ大生向けの受験案内なんてのもあるんだよ」
「行きます。行きます!」
「おっ、今度は二回言ったね」
「一回目は、水無月祭に対する回答。二回目のは、幸次くんの言った『将来のマタ大生』って部分に反応しました」
「なるほど」
幸次は、どこか照れたように視線をそらした。
「じゃあ下見ってことで」
「下見でも本番でも、どっちでも行きます」
萌々子はそう言って、頬に両手を当てる。
足元にいた三毛猫が、いつの間にか二匹に増えていた。
「……猫にも気合が伝わったのかな」
「伝わりますよ。絶対」
と言って萌々子は拳で、左右から自分の頬をぐっ、ぐっ、ともむ。
幸次はどうしようもなく笑みくずれた。
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これがアウェイってやつか。
クラブとは名ばかりの飲み屋からライブハウスへ、やがてはホールその先のアリーナをNEXTに据え、出世魚のごとくステージを替え、細い流れを選ばず太く、壁を越え予算も増え前へ前へ。
Greedy CatsのMC、440Reとしてサクセスストーリーを邁進し、踏んだ場数と韻の数なら、気分はもういっぱしの古強者。世間から見りゃ『期待の新星☆売出し中』なんて便利なラベルで括られちゃいるが、覇道王道に王手かけまくりのつもりでいる今日このごろの
吉住 志桜里だが、もちろんその途上にはワンオブゼンのスポット参加、完全自腹のノーギャラなんかといった、濃い口の泥水ゴクゴクがあったわけで。ビッグネームの下で木っ端微塵な前座、フェス参加十把一絡げで献上なんて苦渋もそれなりにペロリはしてきたのだ。
けれどもどんなステージであろうと、これまで主題はヒップホップであり客は少なくとも何らかのヘッズだった。
ところが今日は、学園祭のステージで『プロコン担当』の御用聞き。お行儀のいいアーティスト様としてのご光臨(おでまし)だ。でも実際のところはa.k.a.『営業』でござい。なんともハーコーな状況といえよう。
もちろんGreedy Catsが出演(で)るとなりゃ、内外からファンも来ることだろうが、集う客の大半はその他大勢、惚れたハレた会いたくて震える系のJ-POPのリスナーであればまだしも、アニソン以外聞きませんあれーGreedy Catsってアニメのタイアップやってないんすかー勢や、えーラップ? ヒップホップ? それアメリカ様のモノマネなんでしょー的なワック連中ならまだ全然マシで、そもそも音楽ファンでもない物見遊山も、話のタネにとばかりにふらり立ち寄り、途中でラジオ体操のスタンプよろしく「まあ見たね」なんて月並みな感想もらして去っていく──と、こういう状況が容易に想像できるだけにいまから寒気がしてならない。
「おいシロ、どうしてこんなオファー受けた!?」
楽屋、と下手な字で書かれたA4コピー用紙が貼られただけの空き教室、志桜里は相棒にしてDJにして双子の妹ということになっているDJ Scionこと
吉住 獅百合に苛立ちをぶつけた。
「なんよ急に」
「ギャラもあってないようなもんだし、会場は一般ピーポーばっかだし。おまけに初夏のど昼間、私ら完全に浮くでしょ、この状況じゃ」
「なんだそんなことかオメーらしくもない」
「なんですと」
「浮きゃいーじゃん? プカプカ浮き上がって会場のどっからも見えるくらい高くまで」
でさあ、と獅百合は長い髪をかきあげた。
「そっから見てる奴ら全部、ねじ伏せるのがあたしらってーもんだろ」
と言って見せる白い歯がまぶしい。
ほら行こうや、と獅百合は『姉』の背を押した。
「まだだいぶ時間あるんだし、会場ちょっと回って、今日の客がどんなバイブスかチェックしに行こうや」
「え……うん……」
志桜里は机の上に逆さに置かれたベースボールキャップを手にする。
「かてーぞ、顔」
「マジ?」
「マジ」
志桜里はゲンコツをつくって、自分の頬に左右から軽くパンチを入れた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。桂木京介です。
いつものことですがガイド長いです。ここまで読んでいただけただけでも感謝の気持ちで一杯です。
愛猫 萌々子さん、万条 幸次さん、吉住 志桜里さん、吉住 獅百合さん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
ご参加の際は、このガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
桂木京介の現状
家庭の事情で、やはり執筆にかけられる時間が少ない今日このごろです。落ち着くのはいつなのか……。
なのであまり長い話にはできませんが、書いている間は元気です! よろしくお願い申し上げます。
概要
六月は一斉に花開く! 木天蓼大学では新入生歓迎を兼ねた六月学園祭、通称『水無月祭』が開催されます。
本作はこのイベントを舞台にしたシナリオとなります。ですので別の場所を舞台にはできませんのでご了承ください。六月最終週の週末二日間、時間帯も九時頃から十八時前後を想定しています(それ以外の時間帯たとえば早朝・深夜であっても、準備や打ち上げというアクションがあればOKです)。
当日はいずれも快晴の予報です。
模擬店をうろつくもよし、演劇部の舞台を鑑賞するもよし、ゲーム大会やライブに参加するもよし。映画研究部が撮影をしていたり、コスプレ愛好部が仮装喫茶を経営しているのに遭遇するかもしれません。
マタ大生限定のシナリオではありません。学内外からの参加見学デートなど、自由にお楽しみ下さい。OBとして後輩を訪ねたり、将来の受験のために下見に行くのもいいですね。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場できるよう工夫します。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、黒社会から逃れ飛び込んできた不法移民の若者と、これを迎え入れる異様に強い床屋……など)を書いておいていただけると助けになります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(でも2シナリオ以内でお願いします)
私は、自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないと色々まちがえますのでご注意ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。
あなたのご参加をお待ちしています! 桂木京介でした!