人にはそれぞれペースというものがあろうし、駆け足の人生もスローペースの人生も、いずれが正解というわけでもなかろう。同じ人であっても、ときには猛ダッシュの時期もあるかもしれないし、逆に一時停止の時期もあるかもしれない。
どちらかと言えばいまの私は、ローディング中なんだろう。
椎井 莉鳥はリュックからテキストとノート、それに筆箱を取り出した。インクの切れかけたボールペンで、受講票に名前と学生番号を書き入れる。
五月、連休明け。大学入学直後のにぎにぎしさも、SNSのタイムラインみたいに流れて消えてしまって、かわりに毎日の光景が定着しはじめていた。本日とて講義開始は五分遅れだったが、もうそういうものと理解している。
教室の光景も輪郭を整えつつある。基本的には自由席なのだが、学生それぞれが自分の居場所を決めたようだ。
いわゆる意識高い系の学生グループは前方から中央の席、ウェイ系は後方にまとまって、莉鳥のように群れないタイプは、両サイドにばらばらと陣取りがちだった。授業の取り組みかたにも集団ごとの性格があり、先頭グループはノーパソを開いてカチャカチャと記録を取りつつ、合間合間に就職情報などをマメにチェックしている様子、着席したときの会話も「今夜のOB交流会、出るだろ?」「東都銀行の? 当然っしょ」となんとも熱心だ。派手な髪色と服装のウェイチームは授業中もずっとスマホを操作していたり、講義そっちのけで異性関係の会話に没頭しており、最初から最後まで寝っぱなしの猛者もある。でも案外こういう人々のほうが、就職活動に強かったりするらしい。一匹狼ないし個人エントリー、アズ・ノウン・アズ『ぼっち』の学生には、統一された傾向はない。真面目に授業を聞いているようでもあり、ぼんやり別のことを考えているようでもあり。
莉鳥はそれなりに真面目に受講しているつもりだ。もっとも、薬学には無関係の一般教養科目、それも『対人関係の心理学』とあれば、そう力走する気持ちにはなれなかった。アドラーだのマズローだの、硬質な響きの名称がスライド上に現れては消えていく。教授の声はひどく単調で、エアコンの低いうなり音みたいに眠気を誘った。
莉鳥はペンをくるくる回しながら、ノートに書き留めるべきかどうか迷っていた。ラポール、ザイオンス効果、メラビアンの法則……どれも名前はカッコいいけど、説明はふわっと抽象的で、どうにも頭に引っかかってこない。必修科目ならまだしも、こんな一般教養(パンキョー)、ぶっちゃけ単位さえ取れればいいし、なんて思ってしまう。
そんなとき、スライドに新しい単語がぽんと浮かんだ。
『シンクロニシティ』
莉鳥のペンが止まった。
なんか、聞いたことある。SF映画のタイトルだったか、海外バンドのアルバムタイトルだったか。
お経を彷彿とさせる口調で、教授は淡々と説明をつづけた。
「ユングの提唱した概念で、意味のある偶然の一致を指します。たとえば、誰かを思った瞬間にその人から電話がかかってきたり、夢で見たことが現実に起きたり……」
莉鳥の眉が少し上がる。
へえ、面白いかも。
お経の内容を、自分なりに整理してノートに書きこんだ。
この単語、なんか気になる。シンクロニシティ。響きがいい。シンクロニシティ。宇宙の裏側で誰かが糸を引いてるみたいな話。──いや待てよ、でもこれってただの確率の問題じゃない? といっても偶然が『意味のある』ってところが、やっぱり興味深いかもね。
莉鳥の視線はスライドからノートへ、ノートから窓の外へと、退屈した金魚みたいにふらふらただよった。あいにくの曇天でも、五月の風が木の葉をそよそよ揺らしてるのが、やけにあざやかな光景に見えた。
そういえば、今朝、目ざめるときに見た変な夢。あれ、なんだったっけ。知らない街の知らないカフェで、誰かと話してた。相手の顔は覚えてないけど、なんか大事なことを言われた気がする。
まさかね。シンクロニシティなんて、ただの言葉でしょ?
でも、もし。
もし、今日このあと、なんか変な偶然が起きたら?
時計代わりに机に置いてあるスマホが、莉鳥を現実に引き戻した。授業中なので着信音はもちろんバイブレーションも切っている。けれども表示の明かりがついたのだった。
NYAINの通知だ。
発信者は、『
中倉 琉歌』。
は? なんでいまこのタイミングで。
しかもあの子から。
教室の前方では、意識高い系メンツが相変わらずキーボードを早打ちしている。後ろのウェイ族の誰かが「マジで昨日のパーティーやばかった」とか小声で話してるのが聞こえる。莉鳥は頭の中で『シンクロニシティ』を反芻する。
教授の声がスライドの切り替えと一緒に途切れた。
「では、次に、シンクロニシティと関連して、ユングの集合的無意識について……」
莉鳥は無意識にペンを握り直し、ノートにこう書いていた。
『偶然は、ほんとに偶然?』
マスターの桂木京介です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
椎井 莉鳥さん、中倉 琉歌さん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
ご参加の際は、このガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。お待ち申し上げております。
概要
寝子暦1372年の5月、春から初夏にかけてのある一日を描くシナリオです。
比較的明るい話が向いているんじゃないか、と思ってつけただけのタイトルですが、解釈はみなさまにお任せします。
アクションはタイトルに縛られる必要はないですが、少し意識してみるとアクションを考えるヒントになるかもしれません。
たとえば、
・はじけるように楽しいデート。
・映画館でポップコーンを頼んだらすさまじい量で驚愕!
・はじめてのバンドで音合わせ。
・カフェで級友と偶然の遭遇、でもなんかズレてるふたり。
・コンビニで謎の新商品に挑戦。
なんてどうでしょう。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場できるよう最大限の努力をします!
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、敗北を知るため脱獄してきた最強死刑囚とその仇敵など)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(2シナリオ以内でプリーズ)
私は頭がパーデンネンなので、たとえ自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないとかなりの確率で内容を思い出せません。ご注意ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!