いつも春みたいなものじゃないか、などと言うのは、きっと恋をしたことがない人だ。
冬の恋と春の恋はちがうし、秋の恋だっておなじではない。
なかでも夏の恋は格別だ。それはもしかしたら夏が、恋にとって一番の成長時期だからかもしれない。
夏休みまであとわずか、空の青さも入道雲の背丈も、カレンダーにふさわしい姿へと変貌をとげて久しい。
高梨 彩葉と
志波 拓郎は夏の恋を迎えている。高校最後の夏の。
今日の授業は午前中まで、部活もバイトも予定なし、ともなればそのまま放課後デートとなるのが、健全な高校生カップルらしい流れではあるまいか。
シーサイドタウンもすっかり夏模様だ。真冬なら暗くなる時間帯でも太陽はまぶしいほど、話題のアイス店には行列ができており、衣料品店はバーゲンの呼び込みに忙しい。大きく胸をそらす水着モデルの看板がこちらを見ているものの、彩葉さんのほうが絶対魅力的だよなと拓郎は、照れくさくも誇らしく思ったりもする。
ショッピングモールをならんで歩いている最中、ピコポコという音がなった。携帯電話の呼び出し音だ。
出るねと拓郎に断って、彩葉はスマホを耳にあてた。
誰かな、とぼんやり拓郎は考える。
「もしもしー? なに~?」
くだけた口調からして、相手は友達か家族かな……。
「うん、そう外だよ。今日は学校、午前中だけだから」
寝子高の友達じゃなさそうだ。
しばらく相手の話を彩葉は聞いて、
「当たりー」
ころころと笑った。茶目っ気が出たのかそのままの口調で、
「恋人とデートナウだよ!」
と元気に彩葉は宣言した。
恋人……!
そしてデートナウ……!
拓郎は頬を熱くした。
もちろん事実ではあるのだが、はっき言葉にされるとなんとも気恥ずかしく、嬉しい。何を今さら? いや、今であっても。今だからこそ。
ほわほわにして熱々、ココアに浮かべたマシュマロのような拓郎の心はしかし、つづく彩葉の声で吹き飛ばされた。
「……え、えーーーー!?」
「え……あ、どうかした……? 彩葉さん……?」
「しばっち、どうしよう!?」スマホのマイクを手で押さえ、まるでそれがピンを抜いた手榴弾であるかのように包み握ったまま彩葉は言った。「会いたいんだって。会いに来るって……」
「誰が……?」
「お父さん」
「えっ……!」
今度は拓郎が声を上げる番だ。しかもこれにとどまらない。
「しかもこの週末に来るんだって!」
「……え、えーーーー!?」
許されるのならアクションゲームに出てくるミイラ男みたいに、両腕を前に出し右往左往したいくらいの拓郎だ。
☆ ☆ ☆
彩葉の父
高梨 椎名がその日、なぜ急に娘に電話する気になったのかはわからない。
そもそも椎名自身がわかっていなかったりする。
取り寄せた比内地鶏は思った以上にボリュームがあった。肉切り包丁で骨を取り、皮は丁寧に取り除く。つづいていささか力仕事になるが、包丁のアゴの部分をつかって肉を均等に叩いておくことを忘れない。こうすることで肉がやわらかくなり、味もしみこみやすくなるためだ。三角形に切り分けた鶏肉に白ワインを振り、たっぷりの生クリームにつけ込んだところで下ごしらえは完了だ。ラップして冷蔵庫に入れ、小一時間したらフライパンで焼き、タマネギ、マッシュルームと一緒に煮込めば今夜のメインディッシュ、チキンのクリームソース煮のできあがりである。
椎名は元パティシエ、肉料理は専門ではないものの、こうやって一手間くわえることは苦にならない。むしろ楽しみでもある。日々楽しく作業することが、専業主夫をつづけるコツだ。
チキンの下ごしらえが終わったところでふと、時間が空いた。付け合わせはほとんど終わっているし、サラダは食べる直前に作るほうが好みなのですることがない。洗った手を拭きながらなんとなく彩葉のことが頭に浮かんで、スマホを手にしたときにはもう、椎名は発信アイコンをクリックしていた。
電話の音を耳にするや、何か面白いことでもするのかと、犬用ベッドから
豆が飛び降り駆けてきた。色は白と黒、つぶらな目をした豆柴だ。ちょろちょろと椎名の足にまとわりつく。
「もしもし、彩葉ちゃん?」
椎名はちらと柱時計を見た。しまった、まだ学校の時間ではないか。
「学校だったりする? ……いや、なんか屋外っぽいね」
娘によれば今日、高校は午前中で終わりらしい。
「ああそうか。いや、特に用があるってわけじゃないんだ。なんとなく時間が余ったんでね。夏休みは帰ってくるのかい? ……もう最終学年だもんなぁ…………ああ、豆なら元気だよ。それで……」
他愛もないことをしばらく話して、おっと、と椎名はなにげなく後頭部に頭に手をやった。
「もしかして誰かと一緒かな?」
この一言が娘から、衝撃の一言をひきだしたのである。
「……え、えーーーー!?」
デートナウ。
デートナウ。
デートナウ……!
考えてみれば娘も年頃、当然といえば当然の話かもしれないが、それにしても寝耳にナイアガラ瀑布だ。唐突すぎる。
前、帰省したときそんな話してなかったじゃないかー!
もしかしたら母親(椎名からすれば妻)には明かしているのかもしれないが……
でもお父さんは初耳ですよ!
思わず椎名は口走っていた。
「彩葉ちゃん! お父さん、豆を連れて寝子島に行くから!」
次の週末ね! と一方的に決めてしまう。
待ち合わせ時間と場所を打ち合わせして、あわただしく電話を切った。
椎名はしゃがんで豆と向き合った。
「豆ちゃん、寝子島に行くよ。僕らは見定めねばならないね。娘の恋人がどんな馬の骨なのか……」
重々しく告げると豆も何やら神妙な顔をする。言葉は通じておるまいが、豆は人の表情を読むのが上手だ。
だから、
「なーんてね♪」
椎名が破顔すると、豆は口をあけ嬉しそうに後足で立った。
「彩葉ちゃんのことだから悪い子とは付き合わないよねえ。せいぜい恋人君を怖がらせないようにしなくちゃ」
でも、と椎名は内心ふふふと笑う。
これだけは言いたいなあ。あれだよ、定番のセリフ。
『娘が欲しければ、お父さんの屍を超えてみよ!!』
ってやつ!
冷蔵庫をのぞきチキンの具合をチェックしつつ、椎名は大好きなサマーソング、アメリカンオールディーズの一節を口ずさんでいる。
リクエストありがとうございました! 桂木京介です。
大変長らくお待たせしました。遅くなってしまったことをお詫びします。
高梨 彩葉様、志波 拓郎様へのプライベートシナリオをお届けします!!
シナリオ概要
夏休み間近となる七月の週末、彩葉様のお父様(高梨 椎名)がペットの豆柴(豆)を連れて寝子島に遊びに来ます。
この日の朝、昼、夕、三つの場面を描くことになるでしょう。
待ち合わせ&初顔合わせ~寝子島案内(あるいは観光)~コテージでのディナーという流れを想定しています。
ランチは父親持ちでレストランあたりになるでしょうが、炊事施設つきのコテージでは、彼が手料理と手作りお菓子をふるまってくれます。
お父さんの一人称と二人称、口調はシナリオガイド上に限っては桂木が設定していますが、口癖や希望などがあればアクション中にご記入下さい。ディナーメニューのリクエストもどうぞ。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
楽しみにお待ちしております。桂木京介でした。