寝子島旧市街のとある一角。
商店街が立ち並ぶその場所には、新たに一軒、店が出来ていた。
『猫cafe~Black&White~』という名前と、猫の影が描かれた看板は木作り。地上から3mほどの街灯から横に取り付けられている。
ほんわりと灯った街灯に照らされるドアは、中が見えるように木枠を猫型に繰り抜いてガラス張り。
扉をそっと開ければ、可愛いお猫様達がにゃーんと擦り寄って……こなかった。
店の中では沢山の猫に囲まれた女性――要院 美華(かなめいん みけ)が、心配そうに一匹の猫を抱きしめている。
「なんだか、具合が悪そうだわ……」
目やにが少しだけ出ているのだ。
一匹だけではなく、数匹、同じ症状の子がいる。
猫がよくかかる感染症と思われた。
人間でいういわゆる風邪だ。
明日病院へ連れて行けば徐々に回復するだろうが、体調が悪い子を無理に店に出す事は、猫好きの美華にとってありえなかった。
例えその為に開店日にお猫様の数が少なくなっても。
「パフェパフェとミントは、お部屋でゆっくり療養しましょうね。他の子たちはどうかしら」
お店のお猫様達をみんな確認した美華は、症状が出始めている数匹のお猫様達を順番に二階の自室へ隔離する。
「パフェパフェ達は明日病院へ連れて行くとして、大丈夫そうな子達は、今日からお店のほうで寝泊りしてもらいましょう」
移っては大変だからといいながら、美華は愛おしそうに猫の背を撫でる。
明後日。
念願の猫カフェ開店日なのだ。
学生の頃からバイトに励み、社会人になってからも節約に努めて貯金を蓄え、やっと古い喫茶店を購入して改装するまでに漕ぎ付けた。
お金持ちのお爺様に頼めば、よい立地条件の土地を購入して、喫茶店を建ててもらえる事は分かっていた。
でも子供の頃からの夢だったから、自分の力で叶えたかったのだ。
ただ、今回体調を崩してしまったお猫様達の中でも、パフェパフェとミントは、特に人に慣れていた。
他の子達も比較的懐っこい子が多い。
だが、美華が一人暮らしを始めたときから一緒にいるシャム系のコムサと黒猫のククは美華以外には懐いておらず、接客というよりは店にいて、見て楽しんでもらう存在となるかもしれない。
お猫様達は午前と午後、深夜でローテーションを組んでお店に出すのだが、そうすると各時間帯のお猫様の数はかなり少なくなる。
急の事態に美華が不安を感じ始めた頃、店内に電話が鳴り響いた。
「はい、要院です……えっ。マシュマロが届かない? 待って下さい、開店日には間に合うのでしょうか。えぇ、そうです、明後日です。猫型のマシュマロとにくきゅうマシュマロです。……生産が間に合わないだなんて、そんな」
待って下さい話が違いますとか、数袋だけでもどうにかといった会話が何度も続いた後、美華は先ほどよりもより一層青ざめて受話器を置いた。
珈琲に入れるマシュマロが手配出来なくなったのだ。
ただのマシュマロではない。
猫の形と、肉球の形をしているのだ。
猫のほうは一点一点顔を書き込まれていて、愛らしいことこの上ない。
ネットでみて、これは確実に目玉商品になると思った美華が、数ヶ月前には発注を済ませていた品だった。
それがどうだろう。
店側の手配ミスで、開店日には間に合わないというのだ。
「普通のマシュマロで代用しましょうか……。でも、猫型のマシュマロは無理でも、にくきゅう型のマシュマロなら何とか作れるわ」
猫喫茶を開店するに当たり、美華は料理もある程度学んであった。
マシュマロももちろん作れる。
猫型のマシュマロは専用の型が必要だが、肉球型は簡単なデザインなのだ。
平べったい丸いベースの上に、肉球部分をピンク色の生地で作り、取り付けてある。
「問題は、人手ですよね。今から作れば開店日の分には間に合うでしょうけれど、開店してからも作り続けなくては、足りなくなってしまいますよね」
従業員の皆様に、残業をお願いしてみましょうか。
そう思った時、再び電話が鳴り響いた。
嫌な予感と共に、美華は受話器を取り上げる。
「……トラブルではないですよね。あ、いえ、なんでもないのです。どうかしましたか? ……えええええっ?! 交通事故っ?!」
美華は錯乱一歩手前だった。
従業員の一人が交通事故にあったというのだ。
幸い、自力で電話をかけてこれるぐらいだから命に別状はないのだが、よりにもよって足を骨折。
当分の間は、働くなんて出来っこない。
「お猫様の手配と、マシュマロの手配と、従業員の手配と。これをあと二日でこなして、尚且つ店を滞りなく開ける……」
実際に開店すれば、接客はもちろんの事、お猫様達の世話も当然ながらセットでついてくる。
接客もお料理も猫の世話も決して嫌いではない、むしろ大好きな美華だが、残念ながら手は二つ。
一度に出来る事には限度があるのだ。
「開店日をずらしましょうか? ……でももう、広告も出してありますし」
寝子島新聞に寝子島公式HP、それにネコッター。
チラシだって刷って配布済み。
ここで急に開店日をずらすのは難しい状況だった。
美華ともう一人の従業員だけでも何とか開店は出来るのだが、いろいろとお客様をお待たせしてしまうことだろう。
「……そうだわ、ネコッター!」
美華ははっとして携帯を取り出すと、ネコッターを開く。
そして、こう、書き込んだのだ。
『従業員急募! おいでませ猫cafe~Black&Whiteへ!』
はい、こんにちは?
霜月零です。
今回は、旧市街に出来た猫カフェのお話です。
ネコッターを見てお手伝いに来てくれても良し!
NEWオープンのチラシを見て、お友達と遊びにきてくれてもよし!
猫カフェでの時間を、自由気ままに楽しんでくださいませ。
猫カフェには、以下のメニューがあります。
◆メニュー◆
『猫珈琲』
ドリップ珈琲です。
猫カフェオリジナルブレンド。
ほんわかと甘みの中にちょっとした苦味が売りだとか。
『にくきゅうマシュマロ珈琲』
手作りの肉球マシュマロつき珈琲です。
マシュマロを珈琲の中にいれて飲んでくださいね。
『猫ラテアート』
珈琲の泡に猫のイラストが描かれています。
ご希望があれば、猫以外もOKです。
『ホットケーキ』
20cmぐらいのホットケーキの上に、メイプルシロップで猫が描かれています。
『トーストセット』
トーストと、目玉焼きのセットです。
目玉焼きは、猫型になっています。
『猫サラダ』
イタリアンサラダをベースに、チーズを散らしたさっぱりしつつボリュームのある一品。
トッピングでブラックオリーブをつけることも出来ます。
器がお猫様の顔の形になっています。
この他、一般的な飲み物や軽食があります。
ただし、お猫様が食べてしまうと危険なチョコレート類はありません。
◆店内デザイン◆
Black&Whiteの名の通り、白と黒のモノトーン調で統一されています。
マグカップやお皿など、いたる所にお猫様のモチーフが描かれていたり、お猫様の形そのものだったりします。
カウンター席とテーブル席あり。
カウンター席は6席。
テーブル席は二人用が4つ、4人用が二つ、6人用が一つあります。
飲食スペースとお猫様スペースは仕切りで分けられていますが、人懐っこいお猫様が飲食スペースまで出て来て膝の上でゴロゴロ……なんて事もありえます。
お猫様スペースでは、一人がけのソファーが二つと、キャットタワーが二つ、お猫様用のオモチャがあります。
お猫様達のお手洗いはお客様や厨房からは区切られて見えないようになっていて、スタッフルームから処理できる配置になっています。
◆営業時間◆
火曜~木曜 10:30~22:00
金曜~日曜 9:30~22:00
月曜日が定休日となります。
◆勤務時間◆
火曜~木曜 10:00~22:30
金曜~日曜 9:00~22:30
一日数時間から勤務OKです。
※ただし、未成年は22:00以降は勤務できません。