喫茶『セピア』。その二階にある、雇われ店長が住む居住スペースには、無数の本であふれかえる書庫がある。
そこに眠る書物たちは、売れないながらに作家を兼業する店長が、執筆の資料として集めたものだ。
部屋は定期的に掃除され、書物もまた余暇を見ては虫干しをされている。
――さて。この世界には「人から大切にされた物には魂が宿る」というような話がある。
仮にもし、それが本当だとしたら。たとえば、これらの書物に、魂が宿っていたとしたら。
はたして、それらはどのような「物語」を紡ぎだすのだろうか――
これは、喫茶『セピア』。その二階にある、書庫から始まる話。
※
「……マッチ。マッチは、いりませんか?」
十二月も、半ばを過ぎたころ。『セピア』の出入り口には、赤いずきんをかぶった少女がいた。
片手にはマッチの入ったカゴを提げ、会計を済ませた客が店を出ようとするたびに、か細く声をかけている。マッチ、マッチはいりませんか――
「マッチ、ですか?」
ひとりの男性客が、マッチを差し出されて戸惑ったように立ち止まった。かと思えば、テーブルを行ったり来たりしていた制服姿の少女――
薬葉 依菜里が、大きな声をあげる。
「そのマッチ、不思議なマッチなんだよ! すっごく、すてきな夢がみられるの!」
未だ席に着いている客からの注文を取り終えるなり、依菜里は戸惑う壮年の男性客へと駆け寄った。
「おじさんにだって、やってみたいこととか、行ってみたいところとかあるでしょ。ゲンジツとかじゃないけど、このマッチは、そういうの叶えてくれるんだよ!」
「……は、はあ」
「だからね、だからね、よかったら買ってあげ――」
「こら、依菜里」
まくし立てるような依菜里の言葉を遮ったのは、店の奥から出てきた『セピア』の雇われ店主――
鎮目 悠弥だった。
「営業中に大きな声を出すんじゃない。それから、注文はすぐに厨房へ回すこと」
悠弥に注意され、依菜里は「うっ」と、小さくうめいた。
「……エイギョードリョクしてなかったユーヤのくせに、なまいき」
「なるほど。依菜里は、おやつの和風パフェはいらないと」
「うそ! ユーヤ、エイギョードリョクがんばってる! 最近は、ちゃんとがんばってる!」
おやつのパフェを人質に取られ、瞬時に態度を変えた依菜里に、悠弥はあきれたようなため息を吐いた。「ここはもういいから」と告げ、悠弥は依菜里を厨房へと向かわせる。
そうして、すっかり蚊帳の外になっていた男性客に頭をさげた。
「申しわけありません。とんだ失礼を……」
「いえ。私にも、あれぐらいの孫がいるものですから、微笑ましいものですよ」
にこにこと、人の好さそうな笑みで応じた男性客は、そこでふと、マッチを売る少女へと目を向けた。
「先ほどの、依菜里ちゃんと言いましたか。彼女も、このお嬢さんの力になりたかったのでしょう。今時、ただのマッチを使うことは、ほとんどありませんからね――どれ、私もマッチをひとつ、いただけますかな」
すると、少女が細く言った。
「……違います」
「え?」
「わたしのマッチは……普通のマッチとは、違います。依菜里の言ったことは、うそではないです」
少女の言葉を聞いて、男性客がぱちくりと瞬きをする。それと同時に、少女は一本のマッチをこすり、火を灯した。
「だって、わたしは『マッチ売りの少女』だから」
はじめましての方も、そうでない方も、こんにちは。
ゲームマスターの「かたこと」です。
舞台は、旧市街側の九夜山付近にある喫茶店「セピア」。
大正浪漫を感じさせる内装の、この古き良き喫茶店。またまた、ちょっとした異常事態のようですが、今回は臨時休業ではありません。
なぜなら、「セピア」に現れた少女は「マッチ売りの少女」。マッチを売り切るため、「セピア」を訪れたお客たちに、声をかけているのです。
彼女が売るマッチには、不思議な力があり、灯した火をのぞきこめば、たちまち、火を灯した人が望む夢幻の世界へと入りこむことができます。
さて。それでは、今回のシナリオの趣旨を説明いたしましょう。
今回、皆さまには、この「セピア」に現れたマッチ売りの少女から、不思議なマッチを買っていただき、その灯火が描きだす夢幻の世界を、たのしんでいただきたく思います。
マッチ売りは、赤いずきんをかぶった十代前半の少女です。性格はおとなしく、口数は少ないようですが、悠弥や依菜里に協力してもらうことで「セピア」でマッチを売っています。
皆々さまにおかれましては、例のごとく不思議な力で「セピア」に呼び込まれたり、マッチの噂を聞いて「セピア」を訪れてみたり、単純にアルバイトをしに来たりしてご来店いただき、それぞれが望む夢幻の世界を訪れていただければと、思います。
たとえば、神秘的な水晶の森で、ユニコーンやフェアリーなどと戯れることも、できるでしょう。
あるいは、お菓子でできた街の公園で、動いてしゃべるおもちゃたちと、お茶会などとしゃれこむことも、できるでしょう。
もし、望む世界が何も思いつかないようでしたら、ふんわりと、やりたいことをお伝えいただければ、あとはお任せしていただいてもかまいません。
また、マッチの火を、友達や恋人同士で一緒にのぞきこめば、同じ世界を訪れることも可能です。
現実ではあり得ないような、幻想的な世界で愛を語らうのも、人がいない遊園地を貸し切って友達と遊び回るのも、好きなシチュエーションで、ひとり気ままに過ごすのも、よろしいかと思います。
もちろん、お誘いがあれば、悠弥や、依菜里、マッチ売りの少女も、同じ世界へとお供いたします。
初めての方も、そうでない方も、どうぞ、お気軽に。
それでは、私も喫茶店「セピア」にて、皆々さまのご来店をお待ちしております。
【登場人物】
※鎮目 悠弥(しずめ ゆうや) …… 28歳
ややつり目がちで表情にとぼしいため、誤解されやすいですが、マイペースで心優しい男性です。
数年前、寝子島へと移り住んできました。
現在は喫茶店「セピア」にて、住みこみで雇われ店長兼売れない作家をしています。
作家として活動しているときは、「硯 いろは(すずり いろは)」という筆名を使っており、子どもに夢を与えるような児童文学を好んで書いています。
「硯 いろは」名義の個人サイトでは、寝子島での生活や、お店でのことをエッセイとして綴っているようです。
※薬葉 依菜里(くすは いなり) …… 8歳
寝子島小学校二年一組に通う、明るく元気いっぱいな女の子です。
悠弥を雇った喫茶店「セピア」のオーナー、その孫に当たります。
好きなものは、悠弥が作る和風パフェですが、基本的に甘いものには目がないようです。