「なんだよ! 俺にとりついていないと何もできないくせに!」
と言ったのは大学生の青年だ。彼は同居人の男に叩き返された原稿を握り締めて、目から涙を零し始めた。喧嘩のきっかけは些細なことで、二人で書いているネット小説の続きを青年が書いてみたところ、この同居人にボツを食らったのだ。
「それは……そうだが……」
こう言う同居人は、実は幽霊である。書生姿の幽霊――田山 徳二郎は、以前寝子島でちょっとした騒動を起こしたのち、反省はしたものの成仏せずに寝子島を徘徊していた。その時、有名になりたいと願っていた青年――室井 柳之介と出会い、二人でネット小説を書くことにしたのだ。
「俺が書く。利益は全部お前にやる。その代わりお前は書かない。そういう約束だろう」
ちなみに原稿はそれはそれは酷い物だった。普段は同居人が書いた内容をただただ打ち込んでいるのだから当たり前である。幽霊は冷静だった。その態度に柳之介は益々激昂した。彼はまた涙をボロボロ零すと、幽霊を睨みつける。
「うわあああん、徳さんなんて大っ嫌いだ!」
「柳之介!」
怒鳴り声が響いた。柳之介は派手な音を立てて戸を閉める。徳二郎の止める声を無視して、彼は外へと駆けだした。
「家出してやるっ!」
その背に力なく手を伸ばしながら、徳二郎はこう呟いた。
「俺を追い出すんじゃないのか……」
「それで、数日経っても戻ってこないから心配になったんだね?」
「そういうことだ……助かる……」
柳之介が家出してから数日後、公園のベンチに
薄羽 白露と並んで座り、徳二郎は頭を抱えた。簡潔ながら説明を受けた白露はうーん、と唸ると口を開く。
「心当たりは? 当たってみたかな?」
「見つからないんだ……もしかしたら……最近風のうわさで聞いたんだが、寝子島と『シの世界』が繋がってしまったらしい」
「なんだい、それ?」
「妖怪『悪食韋編』の中に広がる異世界だ。『悪食韋編』は書物の形をしていて、一見してそれが妖怪とはわからない。それで、開いた者を丸呑みにする」
「それは怖い」
白露はへらへらとした笑顔のまま肩を竦めた。徳二郎は彼の真正面に立つと、頭を下げる。
「もしかしたら柳之介も食べられているかもしれない。一緒に探してくれないか、頼む」
「どこだろう、ここ……」
一方その頃、柳之介は痛む頭を押さえ押さえ目を覚ました。赤い表紙の本を手に取ってから記憶が無い。
「さっきまで本屋にいたはずなんだけど……」
きょろきょろと辺りを見回す。そこは寝子島とはまったく異なった景色だった。強いて言うなら、旧市街に似ている。昔ながらの古い軒が連なり、トタン屋根が風に吹かれてパタパタ音を立てていた。
「おーい、徳さん! 悪かったよ、帰るよー!」
柳之介は大きな声で叫んで、徳二郎を呼ぶ。しかし、辺りはしーん、として答えるものはいない。にゃーん。猫の鳴き声がする。柳之介は振り向いて、すぐに後悔した。街中の建物の窓に、大きな大きな猫の顔がびっしりと犇めいていたからである。猫はみんな目を見開いて、柳之介を凝視している。にゃーん。また猫の鳴き声がした。
「ひ、ひぃいい!? だ、だれか! 誰か助けて!」
六原です。前回の『圖書館ノ怪』は旧字旧仮名でしたが、今回は新字新仮名で全パート書かせていただきます。
ガイドに登場してくださった薄羽 白露様、ありがとうございました。
もしご参加されるようでしたら、自由にアクションを書いていただければと思います。
概要
とある妖怪のせいで異変が生じています。
現実で妖怪『悪食韋編』を探す人は【現】、異世界(シの世界)からの脱出を目指す方は【シ】、主にどちらかひとつを選んでアクション冒頭に記してください。両方選択することは出来ません。
◆NPC
ガイドではNPCが出張ってますが、リアクションはPCの皆さんをメインに描写致します。この二人は人の形をした便利アイテムだと思ってください。
・室井柳之介
【シ】パート登場。マタ大生です。
徳二郎と一緒にネット小説を書いていますが喧嘩してしまい家出、その先でシの世界に迷い込みました。
脱出には協力的で、探索中はアイテムを探してくれます。
詩や句を書くのは苦手のようです。その方面での協力は出来ません。
・田山徳二郎
【現】パート登場。書生の幽霊です。
柳之介と一緒にネット小説を書いていますが喧嘩してしまい、家出した柳之介を探しています。
原因となっている書物の捜索に協力してくれます。同行者に悪影響を及ぼすことはありません。
以下はPL情報です。
◆妖怪『悪食韋編』について
開いた者を丸呑みにして『シの世界』に放り込み、迷い込んだ人間が右往左往する様を見て楽しんでいる。そんな少し困った妖怪です。
普段は書物の形をしています。タイトルはなく、赤い表紙で和綴じの本らしい……?
どこかの本棚に紛れ込んで獲物を待っています。【現】パートの人はこの妖怪を探し、【シ】パートの人と柳之介を引っ張り上げてあげてください。
◆異世界(シの世界)について
妖怪『悪食韋編』の中に広がる異世界です。詩人が迷い込む場所として伝えられているそうですが、そうではない人も多く入り込みます。
自分の意思に反して『悪食韋編』に引き寄せられた人や、気が付くといつの間にかいたという人も。
【シ】パートの人の初期位置はここです。
この中を探索し出口まで辿り着いた後、【現】パートの人に引っ張りあげてもらうことで脱出が可能です。
異世界には多くの怪物がいて、迷宮があります。妖怪の気まぐれで変容しますが、今回は旧市街によく似たレトロな街並みをしています。探索の際は旧市街の地図を参考にしてください。
【シ】パートのアクションを書く方は、アクション内に短歌や句を記入していただくと、探索中その内容に応じた能力を使うことができます。
例:五月雨を集めて早し最上川→雨を降らす、水を操る、など
それでは、ご参加お待ちしております。