暖かい陽光の下、眼前に広がる水平線を眺めようとする人の姿も増えてきた、
五月のエノコロ岬灯台の足元、 寝子ヶ浜海岸……の反対側。
星ヶ丘駅からも少し遠く、岩場に慣れた地元民でないと
降りる勇気も出ないような岸壁に、それはあった。
月に二回、大潮が起こる新月の日。
潮が完全に引いた、わずかな時間の間だけその姿を表す海辺の洞窟は
不思議と面白いものが流れ着く洞窟として寝子島の住民たちに
興味半分恐怖半分で語り継がれる、いわば言い伝えの洞窟だった。
周辺の住民は、その洞窟を『波間の洞窟』と呼んだ。
その昔、寝子島一帯を荒らしまわった龍が
民から奪った宝を隠したという逸話を語る者もあれば、
山から下りてきた鬼が島の娘に恋をして
人知れず娘の身を守るために潜んだという恋物語を語るものもあり、
その詳細は杳として知れない。
ただ一つ分かるのは、あなたが先日偶然手に入れた古地図に書いてあるのが
この『波間の洞窟』の内部の一部分と、
そこに眠る『悠久のアクアマリン』なる宝の在処であろうことだった。
『悠久のアクアマリン』はどこぞの王侯貴族が家宝にしていた大きなアクアマリンであり、
その姿を一目見れば、困難に立ち向かう勇気が湧いてくる、と書かれている。
古く色褪せた地図は最近頻繁に星幽塔に出入りしている古物商が持っていたと言われ
過去に洞窟に入った誰かが発見していなければ今もそこに眠っている可能性がある。
洞窟から持ち出せるものなのか、あるいは眺めるだけのものか、
どんな形のものか、色はどんなか。
その美しさ、貴重さに思いを馳せるだけで期待が高まってゆく。
たとえ入手できないにしても、その姿を一目見たいという一心で、
あなたは洞窟探索に出ることを決めた。宝探しの冒険の気配に、胸が躍る。
さすがに一人で探索に出るのも心もとないので、
数名の有志を募り装備を整えると、
潮が完全に引いた新月の夜、あなたは『波間の洞窟』の前に立つのだった。
さて、手元にある古地図によれば、
『波間の洞窟』内部はすべて道の中央が海に繋がる水路のようになっていて
潮が満ちてくるとこの水路の水がせり上がって洞窟内を満たすようだ。
南側の入り口から入りまっすぐ北に進んだ先で一度、その奥でもう一度、
道も水路も十字に分かれており、
『悠久のアクアマリン』は奥の十字路の東側の通路にあると書かれている。
手前の十字路の東西の道の先は地図には記載がなく、
奥の十字路の北西の道の先は行き止まり、らしい。
道の中央を流れる水路は頑張れば何とか飛び越えられる程度。
覗き込めば、吸い込まれそうなほど美しい海の水がまるで青く輝くように揺れているのが見えるが、
深さがどれくらいあるものかは検討もつかない。
迂闊に足を踏み入れればそのまま海の藻屑、ということもあり得そうだ。
潮が満ちるまでの時間と、『悠久のアクアマリン』のあるらしい通路の位置関係を考えれば、
『波間の洞窟』に滞在できる時間はせいぜい
『悠久のアクアマリン』のある奥の十字路東側の通路に行って帰ってくるくらいの時間。
残念だが、他の通路の探索は後日のお楽しみに取っておくとしよう。
海辺の、人の手のほとんど入っていない未知の洞窟。加えて新月の夜である。
くれぐれも怪我や事故、迷子や遭難に注意して、
洞窟奥の『悠久のアクアマリン』を見つけ出そう。
ご覧いただきありがとうございます。
洞窟探索ガイドです。
地図の説明が想像しにくいかもしれませんが、
映画とかによくあるマンホールの下、
下水の流れる水路と、その両脇にある足場のような関係だと思っていただければ。
十字を縦にふたつ並べた形で入り口は一番下、
アクアマリンは右上の通路にある、らしい、とお考え下さい。