むかしむかし。
寝子島に住む女学生たちの間で、ひそやかに囁かれていた噂がありました。
それは、『不思議な小箱』と呼ばれるもの。
手のひらに乗るほどの大きさの木の箱で、蓋を開けるとその人の思い出の音が流れ出るのです。
ある人が開けると子供のころに聞いた懐かしいメロディが流れ出し、別のある人が開けると今は亡い祖母の優しい声が聞こえる――といった具合に。
もちろん、それはただの噂で――たいていの女学生は「従妹の友達の友達が小箱を実際に手にしたのですって」とか「隣のクラスの誰それのおばさんの知人の知人が小箱を見たと聞いたわ」とかいうような、とても不確かな話にすぎなかったのですけれども。
そしてその噂は、時を経るうちに次第に人の口に昇らなくなって行き、今ではすっかり廃れてしまっていたのですけれども。
× × ×
ある日の午後のこと。
白沢 絢子は、お茶でも飲もうと自宅の台所に足を踏み入れた。
「あら?」
その足が、台所のテーブルの上に置かれた小さな木の箱を見つけて止まる。
手のひらの上に乗るぐらいの大きさの、緑色の小箱は、小物入れかオルゴールのようにも見えた。
大学生の娘が買って来たものだろうか、などと思いながら、なんとなく惹かれるものを感じて、彼女はそれを手に取った。
「……そういえば、まだ女学生だったころに、『不思議な小箱』の噂を聞いたわね。私は一度も見たことがなかったから、本当にあるのかしらって疑っていたけれど、もしあったとしたら、こんな感じだったのかもしれないわね」
それを眺めながら呟いて、絢子は小さく微笑む。
そして、つと蓋を開けた。
と、そこから優しいピアノの音色が流れ出す。
それはまだ子供のころに、近所に住んでいたお姉さんがよくピアノで弾いていた曲だ。いや、それはまさに、お姉さんの弾くピアノの音だった。
なぜなら。
お姉さんがよくつっかえていた場所で、そのピアノの音もつっかえたのだ。
「そうそう……。それで、よく始めから弾き直していたわよね」
絢子が呟く傍から、ピアノの音は頭からやり直しになる。
「……懐かしいわ」
絢子は低く吐息のように呟くと、そっと目を閉じて小箱から流れる曲に耳を傾けるのだった。
こんにちわ。
マスターの織人文です。
さて。今回は『音に関する思い出』をテーマとした、フリーシナリオです。
小箱から出る音にからめて、参加いただいたPCさまの思い出を中心に、綴らせていただきます。
◆思い出について
・なんらかの音(声や音楽、動物の鳴き声など)に関するものであること。
・場所や内容は、自由です。寝子島以外でもOKです。
なお、思い出にPCさま以外の人物が登場する場合は、その人物についても書いていただけると助かります。
ただし、『シナリオに参加していない登録PCさま』やNPCは不可ですので、ご注意下さい。
◆その他
・前提として、小箱はいつの間にかPCさまの手元にあったことになっています。
・「小箱を壊す」「小箱の謎を解く」といったガイドの趣旨と異なるアクションはNGです。
・行動は基本的に自由です。
それでは、みなさまの参加を心よりお待ちしています。