九夜山の麓より、徒歩でも向かえる僅かに入り込んだ立地にて、一軒の白い洋館が建っている。
そこには、とある一人のアンティークドール製作を手掛ける“製作者”が住んでいた。
製作者は“自分の手掛けた人形の心が分かる”もれいび。
そこに住まい、今まで数十年に渡りアンティークドールを作り続けて来た製作者は、昨日売約の決まった目の前に存在する人形を凝視していた。
「いつかはと願い、ようやく、動く事叶いました」
右胸に、煌く紫と黄色のアメトリンをはめ込んだその人形。
素材は陶器。なのに、その言葉を発する唇はとても柔らかく動いてみせた。
「アメトリア……!」
「マスター。それでは、私はこれで失礼します。
このままでは、売られるのでしょう?
……私は此処がいい。誰かの所有物になるなんてまっぴらなので、しばらく身を隠します」
目の前で一礼してみせた動きは、ビスクドールにあるまじき滑らかさ。紫から黄色へのグラデーションの髪が綺麗に揺れた。
美しく背を見せて、人形はゆったりと歩き、玄関ホールから静かに出て行く。
その洗練された動きに、製作者は信じられない思いでそれを見つめる事しか出来ず。
そして、我に返って慌てて後を追い掛けた時には、自分が
『アメトリア』と名付けた人形はあっという間に見えなくなっていた。
* * * * *
「………………」
製作者は心の中で頭を抱えた。
彼には、過去に予測出来なかったとはいえ、
自作の人形に宿った神魂の力で寝子島を事件へと巻き込んだ過去がある。
しかも、今度は目の前で動き出したのだ。
どうして、自分の人形ばかり……と、悩んだところで状況は変わらない。
しかし『人形が自力で歩いて姿を消した』等、説明したところで警察が動いてくれるはずも無い。
どうしたものか、と悩んだところで、突然閉じられたはずのドアが外から開け放たれた。
飛び込んできたのは、透き通った濃い紫の髪の少女が一人──
「マ、マスター!」
「君、は……? ──!?」
自分の胸に飛び込んできた、少女だと思っていたその体の硬さに、製作者は目を疑った。
稼働領域は極めて人に近しいが、その冷たさは間違いなく陶器のそれだ。
「あ、わ、私『アメトリア』と呼ばれていました……!
わ、私、途中で猫の群が、たくさん来て、巻き込まれてしまいまして……!! えっと……どう、説明して良いのか……」
突然現れた人形の発言に、製作者の頭はあっという間にパンク寸前と化していた。
アメトリアは、こんな外見をしていない。
別の人形が動いているようだが、この造型で作った事は無い。
見上げて来る紫の瞳をした人形に、製作者が馬鹿正直にその旨を伝えようとした瞬間。
その姿がノイズでも入ったかの様に霞み──一瞬で先程とは全く異なるシルエットに変化した。
背丈は同じだが、全体の線が細い。
睨み付けて来る黄色の瞳、同じくストレートロングの紫だった髪はざっくりと切り捨てた黄色の短髪。
そこにいたのは、先刻とは原形を留めていない、見た事も無い少年の形をした人形だった。
先程は少女の形であったはずなのに──!
「頭悪いな、アンタ! ヘンな猫の大群に巻き込まれちまった際に、石を落として割っちまったんだよ! 綺麗に半分に!
そしたら、頭ん中まで真っ二つになったみたいで、頭の中にもう一人いるー! みたいな感じで!」
少年人形の言葉と同時に、素早く姿が切り替わり──製作者の目の前で、再び人形が先程の女の子の姿に戻る。
「し、仕方ないので、今、お互い……譲り合って、この体、使っています……
失くした石を見つけて、くっつけたら、私達、元に戻れるでしょうか……?」
一度完全に割れた鉱石が、繋ぎ目を密着させても元に戻らないのは分かり切っている。
しかし、この状況下で即時適応するには、製作者の頭は固すぎた。
──そして見事にパンクした頭で、製作者は初めてねこったーへ投稿を行った。
【自分が作成したドールが、また動き出してしまいました。
パーツの一部である、天然石を失くして困っています。
2つのパーツを、探して下さる方を募集しています。
事の詳細は、こちらに興味を持って下さった方に改めてお伝えします。
助けて下さい】
それだけ打って送信すると、製作者は二つに分かれて姿を変える人格に、それぞれ少女に
『アメシスタ』、少年に
『シトリム』と便宜上の名前を付けて。
そのままヨロヨロと、二階へ至る階段の途中に座り込み頭を抱えた。
──もはや、彼に出来るのは、祈る事くらいだった。
はじめまして、こんにちは。この度MSを勤めさせて頂きます冬眠と申します。
これは「宝石人形シリーズ」となりますが、過去のシナリオは読まなくともご参加可能です。
難易度と雰囲気はシリーズの中では軽めの物となる予定ですので、もし宜しければ奮ってご参加ください。
それでは、この状況からご説明させて頂きます。
これまでの状況
▼状況/現在まで
○体の一部に宝石をしつらえた『宝石人形』と呼ばれるシリーズを手掛ける“製作者”の工房兼屋敷にて。
神魂の影響により、売約の決まっていた『アメトリア』という等身大のビスクドールが、
製作者の目の前で、喜々として逃げ出して行きました。
○数時間後、アメトリアは寝子島では日常的である不思議な出来事の一部に遭遇。
その際に、右胸についていた200カラット程の、黄色と紫に色分けされた石『アメトリン』を落として
綺麗に色の境目で割ってしまい、どこに行ったのかも分からなくなってしまいました。
そして、泣く泣く製作者の元へ戻って来た時には、
その人格は割れた石と同様に、2つに分かれてしまっていたのです。
行動について
▼具体的には、何が出来るの?
○製作者と人形は、紫と黄の2つに割れてしまったアメトリンの石を探しています。
これが一応のミッションとなりますが、
ご参加のPC様は、基本的に人形にかかわる事でしたらどの様なアクションも可能です。
※しかし、人形と製作者のみの行動で石が見つかる事はまずありません。
PC様の行動によりシナリオの結末が変動致しますので、ご注意ください。
情報について
▼石の行方【PL情報(PC様が知る為には情報収集が必要となります)】
○二つに割れた石は、それぞれ別の所に存在しています。
・アメジスト部分(紫)の石は、寝子ヶ浜海岸(G-11)にいる少女が拾い、大事な宝物にしようとしています。
・シトリン部分(黄色)の石は、ねずの湯(H-7)の露天風呂の中に沈んでいます。
お湯の温度は低く、石の品質には影響はありません。
▼人形と関係者【PC情報(SNSで知った・当人から聞いた等、自由にPC様へ落とし込むことができます)】
○製作者
・人形『アメトリア』の製作者。
過去にも作成した人形が神魂の影響で動き出しており、
これが3度目となる事から自衛手段が無くこっそり頭を抱えている。
・もれいび。能力は『自分の手掛けた人形の心が分かる』
○アメトリア
・等身大(身長154cm)のビスクドール。
スレンダーな体格に、髪は紫から黄色へのグラデーションをしたストレートヘア。
・右胸に、200カラット位の大きさがあるアメトリンの石が付いていた。
・石が割れた今、2つの人格がある間はこの姿に戻る事は無い。
○アメシスタ
・アメトリアの体の記憶に残る、アメジスト部分の人格をつかさどった女性型ビスクドール。
・身長はアメトリアと同じ。体型はグラマーで、深く透明感のあるウェーブ掛かった紫の髪色をしている。
・性格は臆病で、緊張から口調がたどたどしい。
・シトリムとは、互いを無二の存在と認識しており、うっすらとだが記憶も共有している。
・割れたアメジスト部分の石の場所が、体感的に分かる。(音、温度、感覚など)
○シトリム
・アメトリアの体の記憶に残る、シトリン部分の人格をつかさどった男性型のビスクドール。
・身長はアメトリアと同じ。体型はスレンダーで、蜂蜜の様なオレンジ掛かった黄色く短い髪色をしている。
・性格は快活。ただ頭は悪い。
・アメシスタとは、互いを無二の存在と認識しており、うっすらとだが記憶も共有している。
・割れたシトリン部分の石の場所が、体感的に分かる。(音、温度、感覚など)
○少女
・寝子ヶ浜海岸(G-11)に散歩に来ていた少女。
・目の前で猫の大群に遭遇し、その後に残されていたアメジスト部分の石を見つけて拾った。
・そのまま家に持ち帰って、大切な宝物にしようと考えている。
※現在、アメトリアとシトリムは、一つしかない体を二人で譲り合って使っており、その度に姿も変わります。
※人形と製作者は、共に屋敷に留まっていますが、
PC様のアクションによっては、旧市街・シーサイドタウンまでならば出てくることが可能です。
その他
▼タイムリミットは?
○約3日で、宿っていた神魂の影響が消え、人形は動かなくなります。
注意事項
▼アクションについて
○完全に競合するアクションが発生しました場合には、
内容の吟味と併せまして、ダイスによるマスタリングを行う可能性が御座います。
※そのマスタリング結果によりましては、競合した方どちらかの行動が反映されますが、
成功失敗問わず、その結果がエンディングにて良い方向へ向かうとは限りません。
今回はそれらの回避を兼ねての、軽い相談等を推奨しております。
それでは、リアクションにてお会い出来ます事を、心より願いまして。