「アニキぃ、こんなことして大丈夫なんスかぁ?」
少し薄汚れた倉庫の中。2人のスーツを着た男が作業をしている。
小太りで、黒くて丸いサングラスの男が心配そうに呟いた。ちらっと見えるスラックスを吊り下げるサスペンダーは赤色だ。
「これって、今ハヤリの偽造って奴なんじゃ」
小太りの男は申し訳なさそうに段ボールの中から商品を取り出していた。段ボールが空になると次は手にした有名産地のシールをイチゴのパックに張っていく。
「オメーは考えると失敗するんだから、黙ってラベルを張り替えやがれ!」
長身で細身のスーツの男が小太りの男に声を荒げた。細身の逆二等辺三角形の黒いサングラスと黒いボルサリーノが特徴的である。
「いいか、こいつはなぁ、イチゴなんだ。わかるか、イチゴだ。しかも大粒で、一口食べればあらフシギ、芳醇な香りと上品な甘さが脳天直撃大爆発だ!」
「さっき二人で食べたからそれはわかるんスよ。オイラが言ってるのは、これって産地偽装じゃ――」
「どぅああああからぁあ! いいか、何度も言うぞ。産地なんて誰も気づきやしねーんだよ。だいたいオメーは店頭に並んだ298(にーきゅっぱ)の弁当を食う時、いちいち産地まで気にしたりするか?」
「しないッスね」
「だーろぉ? いいかよーく聞け、人間なんつーもんはいい加減でな、口に入りさえすれば誰も産地なんて気にしなくなるんだよ。それこそ毒でもなければな」
「でもアニキぃ」
小太りの男が手にした大粒のイチゴを眺めつつ言った。
「なんでぃ」
「このイチゴ、産地のわりに大きすぎッスよ」
一口で食べて小太りの男は満足げな顔をする。
「味もまばらだし、なんというか、ちょっと水っぽいし」
手にした雑誌を丸めると細身の男が小太りの男の頭を力いっぱい引っぱたく。
スパコン――と、良い音が辺りに響いた。
「なにするんスかぁ、アニキぃ。ちょっと味見しただけじゃないッスかぁ」
「そういってさっきからオメーは何個も食ってるだろ! そんなに食ってたら舌がバカになって当然だ、少しは味わって食いやがれ」
ふと細身の男が考える。
「……っ、おい、なに売り物食ってんだよ!」
「ヘッヘッヘ」
照れくさそうに小太りの男は笑った。
「いいか、オメーは何も言うな。オメーはすぐ人に何でも話しちまうんだからな」
「ラジャーーッス」
細身の男の言葉を受けて小太りの男は能天気に敬礼を返した。それを受けて細身の男は小太りの男に背を向けてやや心配そうな顔を浮かべる。
古い年代の移動販売車の運転席に細身の男が乗り込む。
「……ホントにわかってんだか」
空いた窓の枠に腕を乗せ頬杖をついた。
「なんか言ったッスか?」
「なんでもねーよ」
能天気に助手席へ乗り込む小太りの男に目もくれず細身の男はぼやく。
男2人は移動販売車の荷台エリアへ大量に乗せられたイチゴのパックを確認する。それは有名産地のシールを貼り終えたイチゴのパックだった。大粒の粒ぞろい8個入りで値段はなんと198円。粒の大きさ毎に揃えて産地を分けているのがミソだった。
味は良好だ。よほどのグルメでなければ怪しまれることもないだろう。
そう考え細身の男はキーを回してイグニッションをオンにする。
「で、アニキ、今日はどこに行くんスか」
「今日は寝子島っつー場所よ」
古ぼけたディーゼルエンジンが大きく震えながら黒煙をマフラーからまき散らした。
こうして一台の移動販売車が寝子島へと向かうのだった。
●いちごいちごいちご
かくしてイチゴの安売りをしている移動販売車の噂は瞬く間に広がった。
島中を移動する中で2人の男が手売りするイチゴの産地は誰も気に留めない。
勿論中にはイチゴについて尋ねる主婦もいた。しかしそこは細身の男の話術でどうにか受け流す。
だが彼らはまだ知らない。この島が、どういう島なのかを。
果たして、男2人は、無事に寝子島を出られるのだろうか――。
タイトルはイチゴの3乗、つまり、いちごいちごいちご、あるいはイチゴキューブと呼ぶよ。
概要
参加者が独自にガイドから目的を考えて行動するシナリオです。
また参加者全員の目的や行動、思惑が入り混じるものとなります。
解説
移動販売車の移動先や取り巻く状況は不確定です。そのため移動販売車と接触する以前の話題には触れません。接触するための行動は不要です。
もし、“どうやってたどり着いたか”“どのように知ったか”を独自に記述した場合、内容次第では登場が前後するでしょう。ただし全てが採用されるには余程上手い立ち回りが求められます。
このシナリオはプレイヤーキャラクタやNPCの行動が密接に関わってきます。しかしNPC含め他人の行動はコントロールできません。
状況を変えたり操作したい場合は、他人に介入するのではなく、自分から動くほうが成功しやすいでしょう。
全ての行動は同じ時系列で処理されます。
誰かが行動している後ろでは必ず誰かが行動しています。そのため深い描写がなくても結果が得られることもあり得ます。
また他人と出会うこともあります。面識あるなしに関わらず他人との接触は適時相応に処理されます。人を避けたいなどロールプレイング的な思惑がある場合は明記してください。
行動のヒント
このシナリオの描写の中心点は移動販売車です。
プレイヤーキャラクタは参加した時点で移動販売車とは何かしらの因縁が生まれます。そのため因縁を無視する行動は描写が保障されません。
移動販売車に張り付けば常に描写範囲内となります。しかし張り付くだけではMOBと同格です。当シナリオでは行動の目的や意味は自分自身で作る必要があります。ご注意を。
ろっこん
ろっこんはここぞという時や、どうしてもアクションを成功させたい時に、周囲のフツウを壊さぬよう工夫して、かつ失敗時のフォローを考えつつ使うと成功しやすいです。
全体を盛り上げたり、全体に貢献する使い方は、演出優先に切り替える事もあります。ただし演出を織り込んだ打算的行動はだめです。
対象が人間だったり生物だったり、所有者のある物品である場合、工夫などはよりいっそう必要となるでしょう。
気を付けなければならないのは、失敗しやすいのに無理矢理を使ったり、利己的に用いたりすると、デメリットのほうが目立ってしまうということです。
情報管理
プレイヤーキャラクタに行動を実行させる時、目的や動機、手段をプレイヤー視点で記述することができます。これは参加した時点で因縁が生じているからと解釈してください。
ただし次を読んでください。
行動を成功させるには、工夫の他に、その行動の前提となる情報を得る、あるいは探す事が必要となります。情報がないまま行動するのも可能ですが、確証がないまま行動するため結果は得られません。
行動の前提となる情報の収集を怠ってはいけません。
情報とは無縁の環境で楽しむのも可能です。
NPC
>長身で細身の男
名前:ヤスケ
>小太りの男
名前:ソウキチ
行動を行う際の便宜上、男を指定する際には上記の名前を使用してください。
なお名前を聞き出さない限りプレイヤーキャラクタ情報としては扱えません。
アドリブ
ろっこんと情報管理をきっちり判定していきますが、時に演出が判定を覆すことがあります。逆に必要と判断すれば行動と結果だけというあっさりしたシーンもあるでしょう。
アドリブを中心とする場合、目的と動機を重視しています。その上できちんと手段を講じているのかなどを見ています。
最低でも、目的・動機だけは、ガイドと密接につながったものである事を推奨します。