ここは、知る人ぞ知る喫茶店『アンノウン』。
神魂の影響を受け、普通の人間が噂などを聞いて探しても、なかなかたどり着けない店だ。
一方で、人間の姿でないものならば、散歩中に遭遇できるという、不思議な場所でもある。
チリリンとベルが鳴り、入口のドアが開いた。
立っているのは、
御巫 時子だ。
ろっこん『鳥の囀り』の進化能力で、スズメ目の鳥に変身できる彼女は、以前にもヒヨドリの姿でここを訪れたことがある。
だが今は、本来の人間の姿だ。
「これは……どういうことでしょうか……?」
入口に立ったまま、首をかしげている。
というのも彼女、さっきまで以前と同じくヒヨドリの姿だったのだ。
なのに、この店を見つけて入口のドアの前に舞い降りた途端、人間の姿に戻ってしまったのだ。
「いらっしゃいませ」
そんな彼女にカウンターの奥から声をかけたのは、やや小太りながらダンディーな雰囲気のあるマスターらしい男性だった。
声をかけられ、時子は店内へと足を踏み入れる。
そして。
「……!」
頭上を見上げて、思わず息を飲んだ。
いったいどういう仕掛けになっているのだろうか。高い天井は、まるでガラス張りかあるいは巨大なモニターにでも変じたかのように、青い空とそこに白くぽっかりと浮かぶ満月を映している。
以前来た時は、普通の天井だったはずなのに……と思いながら、時子はようやく男性の方に視線を移し、おずおずと訊いた。
「あの……ここって、人間の姿ではない人たちが集まる場所ではないですか……? それに、あの天井はいったい……?」
対して男性は、大きくうなずいた。
「はい、そのとおりです。ここは、人外の姿を持つものたちの憩いの場、『アンノウン』に間違いありません。私は、普段はカニの姿をしています」
言って、両手をハサミに見立てて「ちょきちょき」と動かしてみせる。
「あ……!」
その仕草に、時子は思わず目を見張った。
男性――マスターは肩をすくめて続ける。
「ですが今日は、ちょっと事情が違いましてね。逆転現象が起きているんですよ。人外の姿を持つものたちは、本来の人間の姿になり、人間の姿で迷い込んだ者たちが人外の姿になっているのです。しかも普段より、迷い込んで来る人間が多い」
「では、私が元の姿に戻ったのも、それが理由なのですね……」
呟く時子に、マスターはうなずいた。
「古い記録によると、何年かに一度、月蝕の日にはこういうことが起こるらしいのです。そして、店内の天井は、こんなふうに――なんというか、月の姿を見られるようになってしまうらしいのです。……月蝕が終わり、あの映像が消えて天井が普通のものに戻れば、逆転現象も終わる、ということのようでして」
「……そういえば、今朝のニュースで今日は月蝕だと言っていたのを聞きました……」
時子も思い出して、呟く。
そして、ようやく店内を見回した。
たしかに、以前来た時と違って、店内には普通の人間の姿の者が多くいた。
ただ、ちらほらと、そうではない者もいる。
その中に。
「あ……!」
見慣れた姿を見つけて、時子は思わず声を上げた。
相手もこちらに気づいたようだ。
「時子ちゃんも来たの?」
カウンターに近いテーブルから、笑顔で手をふるのは、友人の
串田 美弥子だ。ただし、彼女の頭上には白くて長いうさぎの耳が生えている。だけではない。鼻もあきらかにうさぎのもので、その脇からはヒゲが数本伸びていた。
「美弥子さん、どうしてここにいるのですか……?」
そちらに歩み寄り、時子は首をかしげて尋ねる。
「買い物の途中で、この店に気づいて、入ってみたらこうなってたのよ。尻尾もあるのよ」
美弥子は面白そうに笑って立ち上がると、後ろを向いた。そこにはちょこんと丸い、うさぎの尻尾が見えている。
そんな二人に、マスターが言った。
「よろしければ、ここで月蝕を楽しんで行かれませんか? こんなに近くから見られる機会は、おそらくそうないと思いますよ」
その言葉に、時子は思わず美弥子と顔を見合わせるのだった。
そんな彼らの頭上で、月は白くぼんやりと輝き続けている――。
御巫 時子さま、ガイド登場ありがとうございました。
こんにちわ。マスターの織人文です。
今回は、いつもなら普通の人間の姿の者は入れない、不思議な喫茶店『アンノウン』で月蝕を楽しみませんか?
――という、お誘いです。
『アンノウン』については、以前のシナリオ、
『アンノウンな人々の日常』を参照下さい。
なお、今回はガイド本文にもありますとおり、本来の『アンノウン』とは逆転現象が起きています。
そのため、
1)ろっこんで人間以外の姿になる方→店内では本来の姿に戻る。
2)普通の人間の姿の方→店内では、人間以外の姿になる。
3)きぐるみなどの方→店内では、なぜか脱ぎたくなる。
といった状態になります。
◆アクションについて
・基本的に、行動は自由です。
・普通の人間の姿のPCさまは、店内でどんな姿になるのかを明記して下さい。
→完全に動物の姿になる、透明人間、モンスターなどなんでもOKです。
・きぐるみをどうしても脱ぎたくないというPCさまは、脱ぎたい衝動との心の葛藤など書いていただいてもOKです。
それでは、みなさまのご参加、心よりお待ちしています!