『暴走』-2-
やがて梢のマフラーが、先端から蝶化し始める。
手をついたアスファルトも、漆黒の翅を生み出していく。
全てが蝶になった世界で、私はどこに、立てばいいの?
翅に覆われた世界で、私は何を、見ればいいの?
独りは嫌だ。嫌だ……、嫌だ……、嫌だ、嫌だっ、嫌だっ!
「先輩っ、りーだーっ、かいちょー、お爺ちゃんっ。怖いよっ、助けてよっ」
世界に少女の、叫びが満ちる。只、必死に、救いを求める。
叫んで、叫んで、声が枯れた時、確かに聞こえた。
「……たくっ、泣いてんじゃねーよ」
顔を上げた梢の目の前。
切り取られた世界の壁に、ヒビが入った。
「もう一発。全力で行くぜ」
聞き慣れた声が、向こうから聞こえる。
青い閃光、破ける音と共に、世界の壁に穴が開いた。
穴の向こうに、覗く青髪。
「無茶、無茶、無茶苦茶です。世界の壁を、壊すなんて」
透明な翅を生み出しながら、梢はテオの体を抱える。
僅かに残った地面を蹴って、差し伸べられた手に飛び込んだ。
視界の端に無数の翅を捉えながら、体を包む確かなぬくもりと、頭に置かれた大きな手を感じる。
頬を伝う涙が、地面に落ちて滲みを作る。
生まれぬ翅に安堵して、梢の意識は、そこで途絶えた。
『暴走』-1-
「誰か……、止めて……」
赤の、白の、青の、黄色の、黒の蝶たちが舞いあがる。
初めは一匹、そして十匹。やがて百匹、千匹、一万匹。
最早数え切れぬ程の蝶たちが、切り取られた世界を覆って行く。
少女、屋敷野梢の暴走したろっこんは、この世界の全ての物質を、蝶に変えようとしていた。
街灯が、ビルが、観覧車が、果ては地面までもが蝶化していく。
美しき絶望の連鎖、乱舞する世界の中心で、梢は独り、しゃがみこんでいた。
光の消えた緑色の瞳から溢れる涙。
それさえも透明の翅を持つ蝶へと姿を変え、梢の周りをヒラリと舞う。
無意識に追った視線の先で、灰色の猫が蝶の群れに沈んで行くのが見えた。
「テオ……」
最後の力を振り絞り世界を切り分けた猫の名を、呼ぶ。
猫は目を開ける事無く、絶望に飲まれていく。
すんでの所で、その足を掴んだ。
(他に誰か、残ってるの?)
梢は肩に刺さっていた黒い羽根。暴走の原因を握りつぶし、辺りを見渡す。
目に入るのは崩れゆく街並みと、空を覆う蝶だけ。
島の住人たちの、親しい人々の姿は無い。
「なら、良かったです……」
自分に嘘をついた。
せめて、大好きな人々を巻き込まずに済んだのだと。
この世の全てが、光に集る虫のように。
自由意志のない、何よりも優しい世界。
それが私の理想郷。これで、きっと救われる。
「…ごめんね」
誰か…この詩を止めて。
(PL)
うおおおお、かっこいい!!
絶望感、歪んだ世界、物質界の崩壊、世界の終焉!…って感じです。
綺麗な蝶もどこか無機質で、背景の群れをなす蝶も不気味さを放っていてすごいです!
イフ世界のイラストですが、きっと誰かが助けてくれると信じてます!