『職人』-2-
客に検眼フレームを掛けてもらい、処方箋のデータと経験から最適なレンズをセレクトする。
仕事内容、通勤手段から考えると恐らく……。
一枚手に取って思い直し、さらに数枚を取り、差し替えながら近くと窓の外の見え具合を確認する。
古いやり方だが、この方が最適なレンズを見つけやすい。
自動測定ではじき出された数値は、確かに正確なのだろう。
だが人はそんなに単純では無い。
見え疲れ、というものが存在するのだ。
「これ、これが良いです」
客が選んだのは、店主が最初に手に取ったレンズだった。
「あり…がとうございます」
納期を伝え、客の満足そうな顔を見送った店主の足元に、常盤色の瞳をした猫が擦りよって来る。
店主が屈んで頭を撫でてやると、満足したのか店内へ戻って行った。
猫を追って戻る店主の顔にも、満足げな笑みが浮かんでいた。
『職人』-1-
「レンズは普通のでいいです」
元々饒舌では無い眼鏡屋店主が、思わず口を結ぶ。
普通とは何なのだ。
そもそも近視の度合いからして個人差があり、乱視が混じればその組み合わせは無数となる。
レンズメーカーによっても見え方は異なり、光を多く取り込む物、特定の波長をカットする物等様々だ。
そもそも眼科の処方箋通りでは見え過ぎる嫌いがあり、それを調整するのが自身の仕事である。
胸に手を当て、ベストの第一ボタンを強く掴むと、あやめはやんわりと切り出した。
「そ……それでは、…幾つか…お薦めしますので、選んで…ください」