なにやってんだっけあたし。
気が遠くなるようなだだっ広いだけの意識の真ん中にぽつっと浮かぶ。
で我に返って指の中の石の感触とか。
圭花の横顔とか。耳とか。耳たぶとか。
そーゆーのがぐるっと渦巻いて一気に押し寄せてきて。
また意識がどっか行きそうになったりして唾飲んだり。
ってもなんか気まずいし音出さないよーにってヘンに気ー使ったり。
耳なんか触ったコトあったっけ。
キャッチ抜いてよーやくンなコト考え始めてる。
情けないハナシだけど手元見てる間だけちょっと落ち着いた。
そのとき初めて気がついた。
心臓スゲーばくばくいってる。揺れがムネ伝って指先まできてんの。
こんなザマでピアス着けてやれんのか?って不安になった。
もっかい圭花見たら…目をつむってじっとしたまま。
美容室で前髪切られるときだって多分こんな顔しないだろーに。
なかなか動けないのは少し罪悪感めいたナニカがあるから。
でもきっと圭花のが怖がってて。だからあたしも逃げるワケにいかない。
よし。うまくやろうなんて思うな。
ただスナオになって。ココロから優しく。
だってコレはあたし以外ホカの誰にもできないコト。
ソレは勘違いなんかじゃないって指に伝わる熱が教えてくれたから。
……誰がこんなこと考えたの?
人に着けてもらうのに向かい合うのもおかしいって気付いて、
市子さんからぎくしゃく視線を剥がす間も、私の頭はずっとぐるぐる考えてる。
きっかけは、何度思い返しても私自身みたいなんだけど。
視界から消えると、市子さんの様子がますます気になる。
眼差しの熱が耳にじりじり集積する気がして、耳がどんどん熱くなる気がする。
その耳へ着けるはずのピアスは、今は市子さんの手の中。
その指を私は、よく知ってる。
何度も掴んだし、握ったし、触れ合ったから。
細くて、白くて、少し冷たい指。
よく知っていると思うのに、今私に触れようとするのは、
おとぎ話の魔女みたいな指なんじゃないかって、急に不安になったりする。
あれこれ考えても目の置きどころがないから、私はぎゅっと目を閉じる。
やっぱりやめた。恥ずかしいしまた今度。
そうやって言うだけなのに、逃げ出さないで、私は目を閉じて座ってる。
頭の中の半分は、今も確かに逃げ出しそうで、
頭の中の半分は、逃げ出さない理由をほんとはちゃんと分かってる。
この人は私を傷付けないと思うから。
だからそれを、ちゃんと知りたい。
私のハートはここに置くから、お願い。
どうか傷付けないで。
『秘めた願い』-4-
目を閉じたままの、圭花が囁く。
「Fame、Wealth、Faithful Lover、Glorious Health。そして、True Love」
四つ葉の一葉ごとが、表す意味。それが揃って、成す意味。
「カイヤナイトとガーネット。伝わるよ、市子さんの気持ち」
失ったピアスに纏わる出来事。その他にも様々な事件が有り、自分も成長しているのだ。
指が離れたのを感じて圭花は、そっと目を開けた。
鏡を手にした圭花の笑顔を見て、微笑む市子。
隠されたエゴに気付かれず、市子は安堵と、微かな痛みを感じた。
イギリスの、ある地方の言い伝え。四つ葉のアミュレットが意味するモノ。
『妖精避け』
甘い囁きに惑わされぬよう、ピアスに掛けたおまじない。
愛しい耳に顔を寄せて、四つ葉にそっと、キスをした。
『秘めた願い』-3-
眩しい笑顔に照れを隠せず、それでも市子は目を合わせて言う。
「喜んでくれんなら、良かった」(なら、あたしも嬉しいし……)
後半は言葉になっていなかった。
「着けてくれる?」
圭花の願いに市子は従い、手に取って茶色の髪に指を掛ける。
サラサラと心地良い感触。
赤く染まった耳を目にして、市子の表情が緩む。
細く、柔らかな指が耳に触れる。少し、ぎこちない。
長らく空席だった左の耳たぶに、最愛の人からの贈り物。
少しくすぐったかったけれど、圭花は目を閉じ全てを赦す。
一葉ごとに込められた願い。伝わるだろうか?
流れる雲を内包した青空の様な、三葉を飾るカイヤナイト。
深く透き通った赤、四枚目を飾るガーネット。
それぞれの葉、それぞれの石に込められた想い
真摯な願いと、ほんの少しのエゴ。
『秘めた願い』-2-
「気ー、使わせちまったな」
市子の視線が玄関とテーブル上を行き来する。
同じく視線を行き来させた圭花は苦笑して、何も言わずにテーブル上へ手を伸ばした。
小さな可愛いジュエリーボックス。印字された『Happy birthday Keika』
指でなぞって蓋を……。
微かに動いた細い肩を見て微笑む。連絡をくれなかった市子への、ささやかな仕返しだった。
自分も同罪ではあるのだけれど。
そしてようやく、蓋が開かれる。
圭花の目が見開かれ、瞳に鮮やかな光を映す。
四つ葉のクローバーのピアス。
ハートの形の一葉ごとに宝石があしらわれた、凝ったデザインの美しい贈り物。
感動と嬉しさで、どんな顔をしていいのか分からない。
溢れそうな想い。
市子が顔を覗きこんでいるのに気付くと、圭花は一度唇を結んで、とびきりの笑顔を返す。
「ありがとう、市子さん」
『秘めた願い』-1-
雪空の下。
冷たい指で黄色のリボンを解き、赤いラッピングを丁寧に剥がす。
現れたのは小さなジュエリーボックスだった。
二人の少女、桃川圭花と獅子島市子が目を合わせて微笑む。
桜花寮、圭花の部屋。
同居人は「お菓子買って来る」と、慌ただしく出て行った。
圭花は(ゴメン)と心の中で手を合わせ、曇った眼鏡で見送ると、客人のコートをハンガーに掛け、自身のコートに並べて乾かす。
溶けかけの雪を見つけて、タオルで拭った。
冷え切った体は徐々に温まり、指先と鼻の奥に滲むような痛みを覚える。
湯沸かしポットをセットすると、居心地悪そうに座る客人の隣にクッションを寄せて座った。
前回↓
http://rakkami.com/illust/detail/9668