『VR』-2-
「振り切れないか。なら」
臼居は路地を抜けると、正面に現れた鏡張りのビルへ向かう。
追手は左右どちらにも対応出来るよう身構えながら、追い詰めるべくスピードを上げた。
鏡張りの壁面が、迫る。
と、追手の視界から臼井が消えた。
慌てて左右を見渡すも、獲物の姿はどこにも無い。
「そんな、消えただと?!」
慌てる追手にもう一人、屋根伝いに追って来た仲間から連絡が入る。
「バカッ。上だっ!」
見上げればそこにはビルの壁面を駆け上がる臼井。
「なんだと? 頼む!」
任せろ、と屋根から跳んだ仲間は、壁面の臼居に向かい白刃を閃かせる。
捕らえたっ。男が確信した瞬間、臼居の赤い左目が光る。
異能【Forced delay time】
男の白刃は空を切る。
理解出来ないながらも壁面に踏み止まり、驚愕の表情を浮かべる己の姿を見た男は、下の仲間に連絡を取る。
「俺にも分からねえ。ただ、奴が消えた。それだけだ」
戸惑う追手たちを尻目に臼居は、この世界での居場所へと急いでいた。
そこには仲間が待っている。
「やばい。コズエル戦、遅れる」
臼居はデバイスを操作すると、さらにスピードを上げた。
『VR』-1-
ヴァーチャル・リアリティ。
全てがデジタル処理される仮想現実の中、人々は非日常を、好みにデザインした理想の自分を楽しむ。
その殆どは容姿に纏わる理想や、職業や技能、例えば洋服屋であったりアイドルであったり、現実と役割を入れ替える程度の物でしか無い。
しかし、何事にも例外はある。
異常なまでのヴァーチャル世界との親和性。
想定を超えた情報処理能力で、仮想現実の壁を易々と乗り越え仕様外の能力を得た者たち。
『異能者』
住人達は彼らの噂をささめき合い、恐れ、敬う。
そんな異能者の一人、エスカルゴ・臼居は追われていた。
常人では視界に捉える事さえ難しいスピードで人々の間をすり抜け、路地に掛け込むとゴミ箱を蹴散らしながら奥を目指す。
ゴミ箱で寝ていたデジタルキャットが、遅れて悲鳴を上げる。
追手の影は二つに分かれると、一人はそのまま、もう一人は壁を蹴って屋根に駆け上がる。