………ばか。
波風立たないコトなんて今まで1回だってなかったし。
「劇的」の2文字じゃ片づかないくらいいつも新しいナニカが起きたし。
フツウにしてるだけでそうなるんよ。ウチら。
ソレがフツウなんよ。
平穏無事な毎日なんかコレっぽっちも似合わない。
世の中の方だって退屈を持て余すようには最初からできてない。
なーんてな。
たった今(雪の中に圭花を見て)思いついたんだけど。
なんせこっからまたしばらくの間は大変ってワケだ。お互い。会えたから。
だから。
もう1回。
誕生日おめでとう、圭花。
――――そうしてふたりはいつまでも、いつまでも幸せに暮らしました……なんていうのも。
いい、かな?
でも、そうね……例えばこういうのは?
2人はそれから何度もつまずき離れ離れと追いつ追われつ決して釣り合わないシーソーみたいに波乱万丈の繰り返し。
それでも。
2人の気持ちは離れませんでした。
いつだって。
恋に落ちたころみたいに、ってイギリスの人が歌った、あの有名な歌みたいに。
長い旅をめいっぱい楽しみました。
……こういうの。
私は好き。
それに、恋のうたなんてロクに信じたこともなかったけど……
あなたとなら、どこへだって行ける、って思うから。
ありがとう、市子さん。
-2-
(つーか、歩き過ぎだし)
考え込んで、寮から離れすぎた。これでは行き違いになってしまう。
戻ろうと振り返った時、待ち人の横顔が見えた。
ずっと逢いたかった人。自分を素直にしてくれた、愛しい人。
声を掛けようとしたが、出来なかった。
見なれた明るい茶色の髪は、いつもと違いフワリと下ろされ、揺れる度に雪の結晶を舞い散らす。
結晶は光を受けてきらめき、今の市子には眩しすぎた。
伸ばした手が、ゆっくり降りる。
感覚の鈍った指がコートのポケットに触れる。
その感触に当初の目的を思い出した市子は、早足で追いかけて、寮の手前で追いついた。
鼓動がうるさい。息が苦しい。
声より先に手が出てしまい、雪色ケープのフードを摘まんだ。
驚く相手の背中越しに、掠れた声で想いを伝える。
用意していた言葉は吹き飛んで、ただ素直な、気持ちを連ねる。
振り向かず、ただ聞く相手に渡そうと、コートのポケットから箱を取り出す。
赤いラッピングに黄色のリボンが鮮やかなギフトボックス。
差し出した指に、ぬくもりが触れる。
ギフトボックスごと、包まれる。
気負いや焦りが溶けていって、愛しい背中に額を当てた。
もう一度、ちゃんと言葉に。
「誕生日おめでとう、圭花」
『背中~other side~』-1-
今年一番の冷え込み。
「言うなら今冬だっての」
独り、呟く。
寝子高桜花寮の前。
獅子島市子は三つ編みにした髪を弄びながら、雪降る空を見上げていた。
次第に視界が覆われていく。
眼鏡を外して息を吹きかけると、雪の結晶はハラリと散った。
掛け直して髪を整えると、かじかんだ指にも息を吐く。
手袋をしてくるべきだったかもしれない。
こすり合わせて温めると、片方だけコートのポケットに突っこんだ。
もう片方には先客が居る。
訪問先の同居人曰く、待ち人はすぐに帰って来るらしい。
少しだけ、寮から離れたくて歩き始めた。
「部屋で」という申し出を断ったのは、街が白く染まる様を眺めていたかったから。
特別な日に、二人だけの時間が欲しかったから。
連絡も取らずに来てしまったのが、少し心苦しかったから。
誰かが休んでいる時は、誰かにとって書入れ時で、つまり自分は後者である。
世の中が常に誰かの仕事で回っている事を、知った分だけ大人になれただろうか?
「只の言い訳」
例えば短い文章なら、いくらでも送れた筈である。
数秒の会話なら、出来た筈である。
休みが不確実で、ぬか喜びさせるのを恐れたのだ。
『背中』-2-
(もうすぐ寮ね)
視線を上げた時、ケープのフードが軽く引かれた。
驚きながらも何故か判った。
後ろにいるのは今日、圭花が一番逢いたかった人。月下で唇を重ねた、愛しい人。
「---・・・」
背中越しのハッキリと聞きとれぬ囁きから、照れと真心を感じ取って、圭花は鼓動を早めて行く。
脳裏に浮かぶ、沢山の言葉に混乱して声が出ない、振り返る事が出来ない。
躊躇いがちに後ろから、小さな箱が差し出された。
赤いラッピングに黄色のリボンが鮮やかなギフトボックス。
熱い頬に雪の結晶が舞い降り、少し心を静めてくれた。
赤くかじかんだ指を、赤いタータンチェックのケープでギフトボックスごと包み込む。
背中に当てられた額を感じながら、ようやく一言、音を成した。
「ありがとう、市子さん」
『背中』-1-
今年一番の冷え込み。
「まだ始まったばかりだけど」
独り、嗤う。
街の喧騒から少し離れた住宅街を、桃川圭花はゆっくりと歩いていた。
気乗りしない帰り道。
視線を落とし、雪が足跡を消していく様を見つめながら、レンズについた結晶を払った。
気分を変えようと下ろした髪も、軽く振る。
服の隙間から、滑りこんで来る冷気。
赤いタータンチェックに重ね着した雪色のケープを引き合わせると、白い息を長く、吐き出した。
嬉しい筈の一日は、特別だった一年の終わりも意味している。
前日まで何度も、何度も開いたスマホの画面。
遂に通話ボタンも、送信ボタンも押す事は出来なかった。
一緒に過ごしたい気持ち、邪魔をしたくないという気持ち。
相反する想いは、当日になっても圭花を苛んでいた。