お気に入りの傘
どんなに酷い雨の日でも、傘の下は青空で、木漏れ陽が私を照らす。
お気に入りの傘
うだる様な雨の日にも、傘の下は綺麗な夕日で、一等好きな景色を映す。
だが、繋いだ手には容赦なく、現実が降り注ぐ。
互いの熱を伝えぬ様にと、重なる傘の隙間から、冷たい雨がすり抜ける。
白い肌を、雨が打つ。冷たい雫が、離せぬ手を滑らせる。
暗い道を照らす街灯の下で立ち止まり、顔を見合わせた少女達は、思わぬ光景を目にする。
肌を伝う雫が街灯の光を集め、互いの薬指で輝きを放った。
先に口を開いたのは、どちらだったろうか?
先に傘を放り投げたのは、どちらだったろうか?
走り出したのは、同時だった。
手を繋いだまま、前だけを見て。
傘はもう要らない
冷たい雨に、あなたとなら立ち向かえる
傘はもう要らない
どんな雨でも、あんたとなら、って思える
もちろん。……ほら、こっち!
濡れるのなんかどうってことない。暗くても平気。人目についたって……まあ、それはそれ。
せっかく街中で音が鳴ってるんだ。よけたらもったいないじゃん。どんな上等な傘も、今は。
……なんつってね。さすがにひとりじゃできないよ。
土砂降りでもあたしが明るいのは、お日様みたいなきみが居て、眩しく照り返してるからで。
だから、調子に乗ってるのかもしれないけど、迷わないし怖くない。どこにだって行けるの。
好きな人の傍で手を握り合えたなら。それだけで、もう充分。
街灯だって助けてくれるよ。街の、夜の、世界の、綺麗なことが全部、雨粒越しに分かるんだ。
そう、雲を挟んだ向こうよりもたくさん星が集まって、あふれて。きらきら光って、広がって。
まるで火がついたマッチ。まるで光のさした鍵。まるで、……ね。綺麗な唄。あたしと――きみの。
こんな雨の中に傘も放り投げて飛び出していくもんだから、ちょっとびっくりした、けど。
でもね。
傘から出てみて気付いたの。
そう、この厚い雲の上には、きっといつも通りの星空と、いつも通りのまあるい月があって、私たちの居場所を変わらず教えてくれてるんだろうけど。
でも好きな人といっしょにいるっていうのは例えばこういうこと。
たとえ星の地図が塗り潰されてくしゃくしゃになってしまっても。
一晩中並んで歩いてくれるはずの月に、そっぽ向かれちゃったとしてもね。
街の灯を照り返すアーケードに雨粒のひとつひとつが、まるで星の海みたいで。
一晩中だって手を握って、一緒に歩くのは、私のひと。
星の海の中で一番鮮やかな、月みたいな人。
空に星の見えない暗い夜でも、どこへ向かうかちゃんと分かるの。
あなたとなら大丈夫。
ねえ、手を引いてくれる?