その店はシーサイドタウンの片隅にひっそりと建つという。
『Pioggia d'aprile』(ピオッジャ ダプリーレ)。
通称、4月の雨。
欧州の街並みに溶け込みそうな瀟洒な外観、素朴な木製の扉の向こうには時間が停滞したかのようなゆったりと快適な空間が広がっている。
ジャンル別に整然と配置されたCDやレコードの類は、偶然迷いこんだ一見の客でも手にとりやすいよう細心の心配りが施され、おのずと店主の誠実な人柄と音楽を愛する心を物語る。
敷居は高すぎず低すぎず、品位と親しみやすさとが理想的に溶け合った店。
地下から高く澄んだ金楽器の音色が響いてくる。
隠れ家のような階段を下りれば防音設備を完璧に整えたステージが見えてくる。
ステージに上がりサックスを吹くのは黒髪の店主。
眼鏡をかけた穏やかな風貌を裏切るように、その演奏は狂おしく情熱的。
しなやかな指があざやかに躍る。
空気を吹き込まれたサックスが幅広い音階を滑走し高らかに鳴り響く、芳醇に醸された低音と天に届くほど澄みきった高音とが競うように錯綜し生き生きとした旋律を紡ぐ。
ここはサンクチュアリ、4月の雨。
サックスの音色に誘われ扉をくぐれば彼が笑顔で迎えてくれる。