魂の遍歴の末、すべての始まりの書斎へと立ち返り、此処を安息の場所と定めたファウスト。
魂召される時を迎えるに至り、彼はヴァイオリンの弓を手にとる。
奏でるは鎮魂歌か葬送曲?
さにあらず、それは生命賛歌。
悪魔と契約を交わし、波乱万丈の生涯を送った彼が、全身全霊を賭して奏で上げる至高の曲。
狂ったようにひた奔る指が切なくも激しく弦をかき鳴らす。
猛る指と逸る弓と啼くヴァイオリンに乗せて走馬灯の如く瞼裏を過ぎる回想、那由多の出会いと阿僧祇の別離、箒星の如く過ぎ去る悲喜こもごもの追憶。
なるほど、それは錬金術に似ている。
卑金属を貴金属へ、鉛の塊を黄金へ、無から有を生み落とさんとする崇高にして愚の骨頂の試みに似ている。
アムリタのように甘美な音色がもたらす、モルヒネのような法悦。
波紋を描いて浸潤するメロディが悪魔の虚無を癒していく。
絶望と希望が金剛石の火花のように錯綜するハーモニーには悪魔ですら知らず陶酔し、薄く目を閉じて聴き入る。
この瞬間が永遠に続けばいい。
刹那が永遠に引き延ばされればいい。
ああそうだ、いっそのこと……
「時よ止まれ、汝は美しい」
はたしてどちらの台詞だったか
それは誰にもわからない。