すぅ……すぅ……………。
(PL:なんというか、とにかく、感嘆のため息が出るばかり。
桜と廃殿というこの内容からして、日本の原風景的な情景というイメージを抱かせつつ、一方で多くの人は目にしたことのないであろう情景でもあり。
これは難しそうだと思いつつもお願いしたわけですが、こうして描いて頂いた情景の見事なこと。
咲き誇る桜も綺麗ですが、個人的には石段に何より心惹かれます。
永い年月を感じさせる苔のある種猥雑な生命力と、みずみずしく湿り気を帯びて石段に貼り付いた桜。
このあたりを描いて頂けていることに、分かってもらえているなぁと。
少し霞んだ廃殿も、濃い春の気を感じさせて、なんとも艶やかな感じ。
京谷様、素敵なイラストをどうもありがとうございました。
……それと、度々の事ながら握君にも深く感謝!
正にマエストロの仕事。)
『桜うたたね』-3-
市子は優しい笑みを浮かべ、ふと、本殿の方を見る。
玉垣の内、その脇の一画だけ、不自然に花弁が舞い上がっている。
きっと神様や、それに近しいモノ達が浮かれて酒盛りでもしているのだろう。
ぼんやりとそんな事を想いながら、レンズに降りた花びらを摘まむ。
「綺麗だな……」
圭花と出逢い、色々有ったとしか形容しようの無いフツウの一年が過ぎ、再び桜を見上げている。
去年の自分は、どんな気持ちでこの美しい季節を過ごしていただろうか?
肩に感じる安らぎに感謝しながら市子は願う。また来年も、と。
木漏れ陽の下、桜の花びらが一片、二片、二人に降り積もって行く。
こんな穏かな時間を、また来年も、と。
花の形のまま胸に降りた桜を、了解の意と勝手に捉える。
圭花を起こさぬようそっと頭を寄せると、市子もそっと、目を閉じた。
苔むした石段を、ピンク色の花びらが覆っていく。
本殿脇では相変わらず、花弁達が楽しげに舞っていた。
『桜うたたね』-2-
そして二人は、ゆっくりと昇り始めた。
徐々に現れる本殿の屋根。
手前で少し緩やかになる、苔むした石段。
石段の両端を飾る石燈籠。
本殿を囲むように植えられた、満開のソメイヨシノ。
風が一陣石段を駆け上がり、淡いピンク色の花びらを舞い散らせた。
二人同時に、足を止める。
花舞う空の下、白い玉垣に守られた、厳かな本殿。
春を迎えて数日のみの、特別な光景。
辿り着くのは惜しい気がして、その場でしばらく見惚れていた。
「少し、休んでいきましょう」
圭花は言って、石段に腰掛ける。石燈籠の乾いた苔が、背中に心地良い。
「っしゃーねーな」
市子も身を寄せ、腰掛けた。
二人のほかには誰もいない。
思いつくまま、他愛のない話をした。
木漏れ陽が、心地良かった。
触れ合う肩に安堵して、頭を預けると、いつしか圭花は寝息を立てていた。
『桜うたたね』
先週までの寒さが嘘の様な陽気。
頬を撫でる風が、濃い春の香りを運んで来た。胸を一杯に膨らませ、長く吐き出す。
そうして桃川圭花は、両膝に手を突いた。
神社の本殿へ続く石段の途中、あとどれだけ続くのだろう?
「ちょっと……、待って……」
額に貼り付いた前髪を掻き上げながら、上目がちに先行く少女を見つめる。
レンズから外れてぼやける黒髪の少女の姿が立ち止まっているの確認して、圭花はもう一度大きく息をついた。
獅子島市子は長いおさげの先を弄びながら、下段で息を切らせる圭花を見つめている。
「おっかしーな? 圭花の方が体力有ったろ?」
無言で手を振り否定する圭花。市子は少し考えて。
(まっ、きついバイトしてたし?)
心の中で結論を出す。
連れを気遣いつつ前方を見上げると、本殿の屋根が僅かに見えた。
片手を差し出し、励ます。
「屋根見えるし、きっともうすぐ。ほら」
圭花は差し出された手を恨めしげに見やる。
だが、散策中にこの神社へ誘ったのは自分なのだ。投げ出すわけにはいかない。
「ありがと」
ブラウスの袖を捲ると、礼を言って手を握る。
もう何度も触れた手。握る度に僅かに感触が変わって行く手。世界で一番、大好きな手。